2017年12月28日 (木)

59回目 比率6:4のむこう岸

59回目 比率6:4のむこう岸
      -多様性と安定性についてー

<比率6:4の話>

 前回、本年度の「社会意識に関する世論調査」において「満足している(8.2%)」及び「まあ満足している(57.8%)」の合計が過去最高(60%)だったという結果に対して、現在社会制度や既得権益が守られていて、今の状態が続いてほしいという人達がそう回答したからではないかという説を紹介しました。その根拠の一つとして

正社員:非正規社員=60%:40%

という現実を紹介しました。これに類した数字をもう一つ挙げるとH26年の統計として全給与所得者において

年収300万円以上:年収300万円以下=60%:40%

というのもあります。貧困化が進み、この比率が逆転すれば、一気に社会は不安定になるだろうとお話ししました。
 実際、トランプ大統領の当選の要因として、中間層の貧困化が進み、特に白人の「負け組」が反乱した結果だと言われています。

<政権の安定性の話>

  さらに比率6:4のお話。

現与党(自民党+公明党)が3分の2の勢力を獲得した第47回衆議院議員選挙の得票率

(自民党+公明党):(民主党+維新の党+社民党)
=49.54%:30.67%
これもだいたい6:4です。

 あまり考えたくはないけれど、(でも可能性は高いと思いますが)与党が正社員、あるいは年収300万円以上の人達(=体制依存側と名付けます)の権益を守る政策を続け、その支持を得られれば、安定多数の議席を得られるという事になります。

 うーんこれは思い当たることが多々ありますねえ。トリクルダウン」なんかまさにこの考えによるものかも・・

2017年7月1日 - 安倍首相は東京都議選遊説で、聴衆の「 辞めろ」コールに対して「演説を邪魔する行為」と批判し、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と言って激高した。これは「こんな人たち」というのは、4割は無視してもよいという考えを裏付けているのではと思ってしまいます。

 でも6:4の微妙なバランスですからいつ逆転してもおかしくはないような気もします。

<一億総中流時代の安定性>

 1970年代によく言われた言葉に「一億総中流」というのがありました。内閣府の「国民生活に関する世論調査」において自らの生活程度を「中流」とした者は何と約9割に達しました。(ちなみに「中流」というのは自らを「中の下」「中の中」「中の上」と評価した人の合計です。)

 この時代を私達の世代は子供として体験しました。多分うちの父親は「中の下」くらいに思っていたのではないかと思います。
 実際には地域的に所得格差はあっただろうし、本当は今より当時の方が貧乏だったと思います。でも当時は近隣コミュニテイーが今より濃厚で、(うちが農家だったこともありますが、)皆同じような生活をしているという実感があったのがあったという要因がまずありました。サラリーマンは終身雇用制のもとで「会社コミュニテイー」を形成し、一体感をもちながら働いていました。もう一つの要因は、経済が確実に成長していたので、自分も少しずつ豊かになりつつある実感があったことが、そう思わせたのではないかと思います。

 当時「一億総中流」という言葉は、どちらかというと、自らを皮肉る調子がありました。でも今考えてみると、そう思えることはとてもよい傾向だったのではと思います。なぜかといえば

その①:自分たちが社会の中心に位置すると(錯覚もあったでしょうが)思えた。

その②:一体感のあるコミュニテイーが存在したということは、「他人の問題」を同じ立場にある「自分の問題」としてとらえることができた。

<画一性と多様性>

 では、皆が同じという「画一的」な状況が良いのかと言えば今は「多様化」の時代です。この流れは変わらないだろうし、むしろ望ましい方向性ですね。
 でも悲しいことに「多様な人々」が皆で議論をして、望ましい結果を導き出すという方法論が見いだせていない。結果、人と違う意見を持った人は孤立する方向になってしまいます。
 ということは、6:4の4のほうが6に増えても、孤立していれば変化は起こらないことになってしまう!

 ということは、とにかく勝ち組にすり寄っていくことが、自分を守るには一番良い手段だということになってしまいますね。

 これだは希望を見出せなくなってしまいます。とにかく「負け組」というものが存在するのがよくありません。孤立化してもプライドをもって生きていける世の中をつくることが先ということなのでしょうか?

<おわりに>

 この文章は夏の初めに書き始めたのですが、「希望のある結論」が見いだせず、ズルズルと年の暮れになってしまいました。

 

 この間、衆議院議員選挙もありましたが、上の構図はまったく変わらなかった。むしろ上でお話したように、まさに野党が孤立化して無力になる方向になりました。

 

 「6:4の構図」を考え出した際、この社会の悲しい構造がわかってしまった気がしました。私は明らかに4の方に居て、6のほう(アメリカの大統領選挙では「エスタブリッシュメント」という言葉が用いられましたが、まさにその内容です。)を眺めている立場です。

 

 「平均給与が上がった」というニュースで「世の中が上向いている」と思うのは間違いです。6の方の人たちの給与が倍になって、4の方の人たちの給与が半分になっても「平均」は上がります。これは「格差」が広がったことになるわけで、そういう内容は統計的に表現する手段があるにも関わらず、あまり大きくは語られない。そういう様子を見ていると、なにか騙されているような気がして、気分がめいってしまう年の暮れであります。

 
 

 

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2017年5月26日 (金)

58回目 現在の社会に対して全体として満足していますか?

58回目 現在の社会に対して全体として満足していますか?
     -日本人の社会意識に見るヤレヤレな構造ー

<トランプ氏に喝采を送ってしまいそうな自分がいませんか?>

 アメリカのトランプ大統領が北朝鮮に対して武力攻撃も辞さないという姿勢を表明している。これに対して日本の責任者が軽々しく「頼もしく思う」と発言するのは如何なものかと思いますが、一方、個人的には無責任に「やっちゃえ、やっちゃえ」と囃し立てようとする誘惑にかられることも確かですね。これは冷静に考えると避けなければいけない態度です。
 武器を持つと使いたい誘惑にかられる。これを他人が見ると、(攻撃対象が憎々しげに見える相手ならなおさら、)攻撃を期待してしまいそうになる。でもその結果は、何の罪もない人々に苦しみをもたらすというのが現実。先日実行されたアメリカ軍のシリア攻撃についても、命中率が半分くらいだったという報道もある。では命中しなかったミサイルがどうなったかは報道されません。どこかでとんでもない厄介をもたらしているかもしれない。
 2003年にアメリカがフセインを打倒するために行った戦争における民間人の被害者は推定数十万人にのぼるとも言われている。その事実はほとんど無視されている。人は自分に関係ない範囲では他人の痛みを無視できるという素地をもっている」というのが、今回のお話の第一の前提条件です。

<他人の不幸は幸福をもたらす?>

 東日本大震災の発生後、日本人の幸福度が上がったというデータがあるそうです。これに対して、同じような状況におかれた場合、欧米人の幸福度は下がる傾向にあるらしい。何となくわかるような気がしますが、そうであれば、日本人と欧米人の社会にたいする意識が異なるということですね。
 そういう場合に幸福度が上がるという人は、他人との比較の上で自分の幸福度を測る。他人が不幸になれば自分の位置が変わらなくても相対的に幸福度が上がるということですね。
 一方、幸福度が下がるという人は、社会は自分と一体であって、他人が不幸になれば、自分も不幸と感じるという話です。

 「日本人は、自分の幸福度を、他者との比較の上で感じる傾向がある」というのが第二の前提条件です。

<内閣府の社会意識に対する世論調査の結果>

 4月9日に発表された内閣府の「社会意識に関する世論調査」において、社会に満足しているという回答が過去最高だっという報道がありました。これについて、不可解だということを前回「ポスト真実の生まれるところ」でお話ししました。やはり同様に感じる方たちが多いようで、社会学者さんたちがいろんなところで解説していました。その説明のひとつは、ストンと腑に落ちた! 

 もうすこし正確に把握しましょう。調査票を見てみると、この質問は、全部で15ある質問のひとつです。この質問の前には、「国を愛する気持ち」とか「地域とどう付き合っているか」とかいう質問があります。ちなみに調査員による面接調査です。このあたりの調査方法についてもバイアスがかかる原因となる疑いがありますが、とりあえず公正に調査が行われたという前提で考えましょう。
 質問は、今回のタイトルである、「現在の社会に対して全体として満足していますか?」という文章です。「満足している」と答えた人が過去最高の66%と報道しているマスコミが多いですが、内訳は「満足している」が8.2%で「まあ満足している」が57.8%ですこの合計が66%だというのが、正しい数字です。少し報道のイメージと違いますね。一方「満足していない」6%と「あまり満足していない」27.4%の合計が33.4%(≒33%)となっています。なので積極的に「満足」「不満足」と答えている人はわずかなのですが、ここでは「満足側グループ」66%「不満足側グループ」33%として話を進めます。

<なぜ満足側グループが優勢という結果になるのか?>

 ストンと腑に落ちたのは、中央大学の山田まさひろ教授の解説です。まず、「将来、社会がこういう姿になってほしい」という理想や希望があるならば、今の社会に対する不満点を多く認識しているわけですから、不満足度が高くなる傾向があるとのこと。これはとてもよくわかる。
   でも調査結果は逆の傾向を示しています。不満を持つ人は少数派で、「この社会は変わらなくてよい」と考える人が多数派らしい。
 では、「満足側グループ」に入るのはどういう人達でしょうか?それは、今現在社会制度や、権益にまもられているので、今の状態が続いてほしい考えている人達だそうです。
 ここで登場するのが「格差問題」。いろんな格差の問題がありますが、多くの人々が関係しているのが、非正規労働者問題ですね。

正社員:60%  VS  非正規労働者:40%

 これが今の現実です。非正規になることを恐れたり、非正規の人たちに自分の権利を渡したくないと考える今の正社員は、まさに上で述べた「満足グループ」に属します。

 今の日本社会における格差の拡大は、いまさら言うまでもない事実ですが、例えば非正規労働者とか下級老人とか子供の貧困とかに陥っていない人達が、今の社会制度や権益を変えてほしくないと答えたのが「満足側グループ」であり、66%くらいになるというのが現在の日本社会の構造であというのが教授の説明です。なるほどと思いました。

<質問をよく見てみれば・・>

 でもそもそも、質問文は「現在の社会に対して全体として満足していますか?」であるのに対して内容的には「自分個人の生活に満足していますか?」という質問と解釈して答えているということですね。わざわざ「全体として」という言葉を入れているのは「個人として」ではないという意味だと思うのですが。恵まれていない人に対しては無関心でいられる(先ほど述べた第一の前提条件)、自分が今恵まれていれば、他人より幸福だと感じる(先ほど述べた第二の前提条件)、と言う意識の結果として、こういう回答になるということでしょう。個人が社会全体を考えてもどうしようもないという無力感がそうさせるのかもしれません。
 私なんかは、社会のしくみの現実を知れば知るほど、矛盾が見えてきて、不満足が高まるのですが、そういう人間は疎まれるのがこの社会の構造なんですねえ。ヤレヤレ・・

<社会全体の安定性を考えるのは誰の役割?>

 高橋洋一氏は、多少景気がよくなっても天下り機関に国家予算が吸い取られていると指摘する。受信料でなりたっているNHK職員の平均給与は一千数百万にのぼるらしい。このまま制度や権益に守られている人たちが、それらを死守し続ければ、格差はどんどん開くでしょうね。ではだれがそのバランスをとることを考えてくれるのでしょう??

 

 今の政権の考え方は「日本を偉大にする」でありまして、一見勇ましく聞こえますが、これは上のようなバランスをとる方向性とは異なります。GDPを増やすためには、トヨタや三菱といった世界的な企業の収益があがればよいわけですから、そういうことには熱心に取り組む。トップ選手ばかりさらに強化すれば、日本として誇りが持てると考える。そう考えると平均以下の人たちは無視してもかまわない。そうやってどんどん格差が拡大する。トップの成績を多少下げても底上げをするという発想がなければ、バランスはとれない・・というのは算数でわかる程度の話なんだけど。

 

 こうして、今のところは、自分の利益が守られていると感じる人が、他人よりも相対的に幸福だと考えて、何となく社会に対して不満がないような結果になっている。でもそのうち、「満足側グループ」と「不満足側グループ」の数が逆転すれば、一挙に社会は不安定になるかもしれません。社会の安定を図るには、どうすればよいのでしょう?そもそも今が不満足であっても、将来に希望が持てる方がはるかに健全な社会であると思いますが、そのためには、どうすればよいのでしょうね?これは次回までの宿題にいたします。

 

 
 
 

 

 
 

 

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2017年4月 6日 (木)

57回目 ポスト真実の生まれるところ

57回目 ポスト真実の生まれるところ
     -道理か?あるいは現実主義か?ー

<お役人はなぜ議事録をちゃんと書けないの?>

 「森友学園問題」「自衛隊スーダンPKO日誌紛失問題」「豊洲市場問題」。今巷をにぎわす話題に共通するのは「役人の記録が出てこない」という事実ですね。
 「都合の悪い(かもしれない)ことはとりあえず隠す。」ことにより自分の責任を回避しておくというのが大きな目的でしょうが、こういったことが慣例化することにより失うものはとても大きい。

 その①:「記録がいつかは公開される」という前提で仕事をするということは、今取り組んでいる仕事において、筋の通った結論を導かねばならないということにつながるはずだが、そうはならない。これが日本のお役人の状況。(アメリカでは文書は原則いつか公開されます。)

 

 その②:逆に常に筋の通った結論を導く役人にとっては、記録を残すことが疑いを抱かれない証明になるはずなのに、そうしないということは、お役人は筋の通した考え方をしないということなのでは?

 「記録を残す」ということは、「後の検証ために」というだけではなく「今正当な判断を行うために」という意味もあるわけですね。だから「記録を残さない」ことが慣例化することにより同時に役人の「筋を通して考える」という脳の回路を劣化させている!!

<「豊洲市場問題」はなぜ迷走するのか?>

 お役人はその地位にふさわしい学歴を有しているはず。なのになぜ道理を通した結論が導けないのでしょう?
 おそらくひとりひとりは、能力があるのです。でも組織やグループになると、おかしくなるのですね。「豊洲の土壌汚染問題」なんかは、筋道がたてやすい話なので、例として取り上げてみましょう。

 まず筋道の話。

 東京都では専門家会議を組織して土壌汚染のついて検討し、4.5Mの盛り土が必要と結論づけた。少し調べてみると、この数字もPhoto御都合主義が含まれているようですが、とりあえずこの基準が、筋道を通して決められたという前提で話を進めます。であれば、この基準は以下の条件を読み込んで決められた「はず」です。

①その基準は、地下の土壌汚染が地表に及ぼす影響を、一定以下に抑制するための基準のはずである。
②そのため、まずは「一定以下」を判断するための「閾(しきい)値」決める。例えば「1万人に一人が健康を害する程度」といった具合。それ以下であれば「安全」と定義する。
③地下の毒物の濃度・分布を調査することにより、どんな土のがどの厚みであれば、地表が「閾値」以下におさまるかを専門知識により決定した。


本来は見込むべきだったのにどうも見込まれていない条件をあとふたつ挙げます。

④上記の意味で「安全」な状態は非常時にも保たれる基準とする。
 *どうも4.5Mというのは地震時の液状化対策には不足らしい
⑤同じ「安全性」を確保するために、「アスファルト」や「コンクリート」の場合の必要な厚みも算出する。

 早い話が①から⑤の条件が、技術的に確かな根拠をもとに決められていれば、あとは何の問題もなかったはず。これが頭に入っていれば、「築地はアスファルトで覆われているから安全で、豊洲はコンクリートだから安全でない」と知事が言っていましたが、これには厚みの数字を入れないと意味がないということがわかりますし、「地下水を飲み水に使うわけではないので問題はない。」という意見がナンセンスであることもわかります。
 「盛り土」してないことが問題ではなくて「盛り土」以外の基準が定められていないがために、こんな無駄な時間と費用が費やされている。そもそも4.5Mが何を根拠に決められているのか、ちゃんと記録して、役人の頭に入っていれば建物を建てる際にも正しい判断ができたはずですね。その判断をまたちゃんと記録しておけば今なにも問題になっていません。

<「ポスト真実」という名の利権>

 現実としてどうなっているか。小池知事は「そのうち『総合的に』判断する」とおっしゃっておられます。「技術的に判断する」とは言わない。専門家の「意見」を聞き、その他の関係者の利害を考慮して「政治的に裁量して」判断します、という意味ですね。その結果として自分の存在意義や権限を高められることになるわけ。技術的に判断すれば、自動的に結論が出るはずのですが、それでは利権にならないということなのでしょうね。
 というわけで、役人は議事録を「書けない」のではなくて、やはり「書かない」のでしょう。そうして筋道をはずした判断が許容されてしまう。残念ながら、マスコミや市民がそれを許してしまっている。
 そこに「ポスト真実」が芽を出す土壌が生まれます。

 「ポスト真実」は2016年にアメリカの大統領選挙やイギリスのEU離脱に関する国民投票運動などから生まれた言葉ですが、そんなの日本には昔からあったじゃん!
 原発の「安全神話」もそうですし、原発がらみで言えばオリンピック招致のプレゼンテーションで安倍首相が「汚染水による影響は福島第一原発の港湾内で完全にブロックされている。」と語ったとき、私は唖然としましたが、翌日「嘘をついてオリンピック招致」と書いたマスコミは私の知る限りありませんでした。

<「その場しのぎ」か「道理を通す」か>

 二つの方向性がある。「その場しのぎであっても今が良ければよい。」という考え方と「今は苦労するかもしれないが、ものごとは道理に従って組み立てなければあとできっと困る」という考え方。

 前者を「現実主義」、後者を「理性主義」と名付けるとします。この二者の対比が鮮明になったのが、2015年の憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使を可能とする法案審議の際。磯崎首相補佐官は「憲法の法的安定性は関係ない。」と言って現実に対応することが優先する、と述べ、ひんしゅくを買った。しかし法案は数の力で成立した。日本は完全に「現実主義」の世の中です。莫大な国債を発行するのも、年金基金で株を購入するのも、他国は倫理上問題があるとして、自制していることがこの国では大手を振ってまかり通る。

  だからポスト真実については日本の方が先進国ではと思う。トランプ大統領に対してCNN等のマスコミは鋭く対立していますが、日本では政府の恫喝が効を奏し、忖度が広くいきわたってしまいました。さてアメリカのマスコミは今後どうなっていくのでしょうか?

<基礎があってはじめて高層建築が可能となる>

 いわゆる「リベラル」と呼ばれる市民を代表する人たちは「理性主義」の立場だと思いますが、一般にはなかなか広まらない。例えば前回の衆議院議員選挙で小林節氏の声はかき消されてしまった。
 リベラルの代表であるべき民進党は、「市民」より「労働組合」の組織票の方を向いたりして全く腰砕け。いったい「その場しのぎ」ではなく、百年後のこの国を見据えて道理の通った判断をしてくれるのは誰なのでしょう??

 そもそもいまだ「民主主義」が機能していないという実情を認識せずにこの国は民主主義だと皆が思っているところから、基礎ができていないのです。
 民主主義を成り立たせる3要件は
①透明性②参加③説明責任(アカウンタビリテイー)だという。今はどのひとつも不完全ですよね。
 でもこれらの要件が成り立って初めて国家権力を信頼できるわけです。これは反面教師として独裁国家の事を考えてみればよく理解できます。
 さらに言えばその民主主義のあり方を保証するのが、主権者としての国民が国家権力に「これだけのことは守ること」と義務付けている「憲法」ですね。これが近代国民国家の基礎の基礎です。
 にもかかわらず、「そうじゃない憲法観もありうる」と公言する政党が国家権力を握っているのですから、基礎がゆらいでいるわけです。その上に不安定な増築を重ねているのが今のこの国の現状であるのだろうと思います。 
 
<教育勅語より民主主義教育>

 にもかかわらず、4月9日に発表された内閣府の「社会意識に関する世論調査」では社会に満足しているという回答が過去最高だったという。
 うーんどうなってるんや~これが「ポピュリズム」ということだろうか?あるいは井の中の蛙なのか?社会学者さんに解説して欲しいところです。おそらく「満足」と答えた人たちは「沖縄の人たちの苦しみの不合理」「福島のお百姓さんたちが除染されていない山で働かざるを得ない現実」のことは知らないのでしょう!

 ちなみに3月20日に発表された「世界幸福度ランキング」では日本2017は世界51位でとても低い。(右図参照)
 もちろん何を指標にランキングするかで、順位は大きく異なり、これとは異なる傾向のランキングもあります。
 この調査については、グラフの左から
()1人当たりGDP
()社会的支援
(黄緑)健康寿命
()人生選択の自由度
()寛容さ
()汚職の認知
(水色)その他の影響

 社会制度に関する項目が多いですね。そういうわけで上位を占めているのは北欧の福祉国家です。

 でもなぜノルウェーやデンマークは格差を回避し、平等性を重視する社会制度をつくることができたのか?

 別に「民主主義の成熟度ランキング」というのもいろいろあるのですが、こちらはどのランキングでも北欧諸国が上位を占めます。これは<23回目 そもそも私たちの目標はなんだったのだろう>で詳しく述べましたが、これらの国々では、経済・社会活動に関する決定に人々が民主的に参加する仕組みが整っているので、その結果としてストレスの低い社会ができているようです。先ほどの民主主義の3要件の実現のための努力がなされてきた結果でもあるわけですね。

 先日官房長官が、「教育勅語」を容認するような発言をされていましたが、もうわけがわかりません。それよりも何よりも、子供たちに必要なのは、「人に迎合するのではなく、自分で物事の筋道をたてて考え、正しいことを主張できる能力を磨くこと」ですよね。そうでないと民主主義の基礎はいつになっても固まりません。

(「一身独立して一国独立す!」実は福沢諭吉がとっくの昔に言ってたことなんだけど・・・・)

 
 

 

 

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2016年4月14日 (木)

53回目 「そうは言っても・・・」とは言うな!

「そうは言っても・・・」とは言うな!
 ーいわゆる「日本教」についてー

<落ちるところまで落ちないと気付かない??>

  H28年3月17日、TBSラジオ「荒川強啓デイキャッチ」中で、評論家の山田五郎氏が「ボイス」のコーナーで語ったお話。
 「日本はすでにアジアNo1の経済大国ではない。実質レベルではアジアの中位というのが正当な評価であるが、自分たちは相変わらずNo1だと思っている。家電など不採算の事業は外国に売っちゃって、新しい芽を育てる時期なのに全く意識が変わらない。これはもう落ちるところまで落ちないと気付かないのではないか?」

 同じような内容を3月22日、寺島実郎氏「月刊寺島文庫通信」で語っている。
 「東北大震災から5年。それ以前から、東北の過疎化は問題になっていた。震災をきっかけに、これからどうやって『食っていくか』を行政も住民も考えないといけないのは震災前からわかっていた。実際震災直後には、経済成長一点張りの路線に対する疑問を投げかける議論がさかんだったが、いつの間にか消えてしまい、転換するチャンスを失ってしまった。」
 「こうして相変わらず社会全体の意識は変わらない。本質的な議論はいつのまにか打ち消される。なにで飯を食うかという産業論に向き合わずに、マネーゲームで経済が立てなおせるという誘惑に負け、結果として国民の可処分所得は一向に上向かない。」

<「そうは言っても」といえばどうなるか?>

 脚本家の倉本聰氏「そうは言っても」という言葉は様々な悪弊を生むという。何となくわかります。例えば

 「原子力発電は使用済み燃料も問題が解決されていない。なおかつ事故は起こりうるし、ひとたび事故が起きれば、予期できない影響を及ぼす。」故に→「原発は速やかにやめるべきである」
 この論理は「事実」から導かれた理屈です。後半は福島で実証されました。しかしこの道理は受け入れられない。
 「そうは言っても「電気代が高くなったら困るし、(これは事実ではない)電力の安定供給のために必要である。(実はウランより化石燃料の方が安定供給可能な資源です。)なにより温暖化を引き起こしてはいけない。(詳しく説明しませんがこれが一番怪しい)」という何となく単に「ご都合」に合わせた話が通ってしまう。先ほどの道理が反証されたわけではなく、これには触れずに話をすりかえてしまう。もうひとつあげましょう。

 「沖縄には日本の米軍基地の74%が集中する。これは不公平である」というのは自明な理屈ですが一向に改善されない。
 「そうは言っても「沖縄の米軍は抑止力のために重要である。(「抑止力」とは何の定義もない抽象的な用語です。)特に最近増大する中国の脅威に対抗するために必要不可欠である。(中国が戦争を仕掛けてくることは現実にはあり得ない。)」

 「そうは言っても」という前置きでもっともらしく聞こえる言い訳がなされ、本質が抜き去られ、今すべき事が忘れ去られます。これは日本の国に綿々と伝わる宗教のようなもので、山本七平氏「日本教」と呼んでいます。

「日本教」とはどんなものか?>

 山本七平氏小室直樹氏の共著に「日本教の構造」という本がありますが、小室直樹氏が「日本教」と題した番組(https://www.youtube.com/watch?v=xEyEUAvbUbo)の中で「日本教」のエッセンスを解説していますので、列記します。

①社会においては「日本人の都合」がなによりも優先される。その過程で物事の本質は抜き去られる。
 例えば仏教を取り入れながら、その教義の本質は忘れ去られ、「戒律無き仏教」に加工された。

②「何物も信じていない」従って「行動規範は作りえない」
 これは今に至るも「憲法」が政治の規範となっていないことからもよくわかりますね。

③「決定」は「おぜんたて」によってのみなされる。そこを支配するのは「空気」である。
 なにをかいわんやですね。

<福沢諭吉と明治維新>

 福沢諭吉はもちろん「日本教」という言葉を使ったわけではないですが、日本を一流国とするためには、日本の文化の底にあるアジア的な奴隷根性を排して、ヨーロッパ並みの人権感覚を身に着ける必要があるということを認識していた。
 そのためには西洋でキリスト教の果たしている行動規範としての役割を天皇(神道)に求めた。
 当時一般国民にとって天皇とは「そういう人がいるらしい」という程度の存在であったらしい。幸運にも(?)日清・日露戦争に勝利する過程で天皇は神格化されていったそうです。「神国日本」の思想ですね。
 一流国を目指していた日本は、日露の戦争において、5年前のハーグ平和会議で決められた戦争に関する国際条約を完全に遵守し、国際的な信用を高めることにもなった。恥ずかしくない国になるためには規範意識は高くあるべきという意識があったわけです。

<敗戦へ>

 それでも「日本教」は、生き続ける。第二次大戦を始める頃には「道理」ではなく「空気」が支配していた。その戦い方においても「合理」ではなく「精神」が優先された。
 「敗戦」の結果、天皇は、規範ではなくなった。その後は経済復興が唯一の目標となったわけですが、バブル崩壊以後、その拠り所もなくなった日本には何もなくなってしまった。

 以上が小室直樹氏の見解です。

<そして今>

 今も変わらず無意識に「日本教」の崇拝が続いていることが、冒頭のコメントに結びつく。そのままではまずいということを解決しようとはせずにそうは言っても」論理で、その場しのぎを続けている状況なわけですね。同様の指摘をしている有識者は数多くおられます。しかし彼らが声を上げるほど、それらを排除しようとする空気が生まれるのが「日本教」なわけですね。

<民主主義について>

 ですので「仏教」の場合と同じく「国民主権」「民主主義」「自由・平等」「立憲主義」という概念についても、本質が抜けたまま自分たちの都合の良い解釈がなされたまま、理解したものと思い込んでいる。実はこれらは「不断に追及し続けないと実行できない理想」(丸山真男氏による)であるのに。
 苦労してこれらの権利を獲得した歴史を持つ欧米の国々では、それを身をもって理解している。
 アメリカの大統領選がこんな長期間をかけて行われるのも一例ですね。これは単なるお祭り騒ぎではなく、国民が民主主義を理解するための必要な儀式のようなものです。
 また、北欧の国では、小学生に議論をさせて「遊び場にどんな遊具を置くか?」を決めるといった教育がおこなわれているそうな。小さい頃から「民主的に決定する方法」を身に着けるわけです。高校生までは、国民としてのこうした規範を教えることが、教育の第一義だという話を聞いたこともあります。そう考えると日本の教育がとっても貧相に思えますね。
 でも国民が「民主主義」の意味を理解しない方が「支配者側」にとっては都合がよい!日本が「民主主義」というより「官僚支配主義」であるのは、明治維新における「上からの民主主義化」において、行き場のなかった武士たちを官僚として採用したことに起因するそうです。市民にものを決めさせないという体制が連綿と続いているわけですね。「おぜんたて」による意思決定が隅々まで浸透しているわけです。
 
 <若者たちの芽がつまれないように・・>

 今、ある自治体における開発計画の構想にかかわっています。 構想は自治体の上位計画に整合する必要があるので、調べたところ、市政の大方針はおおむね10年ごとの「総合計画」で決定されており、今はその改訂作業中であるとのこと。
 そのプロセスは、まず市民アンケートが行われ、その後分野に応じた分科会に市民が参画した「市民会議」が行われ、それを専門家を交えた会議である「総合計画審議会」を経て、一年半程度かけて策定作業が行われるというもの。  
 これを見ていると、市民の声を聞きながら、慎重に議論を重ねて、ち密な論理を組み立てているように見えます。さて実情は如何に?
 想像に難くないですが、隣の自治体で、同様の会議に参加した人に聞いたところ、やはり「おぜんたて」を追認する形で物事が決まっていくだけとのこと。それが証拠にでき上がった「総合計画」には医療・福祉等、各分野にわたって当たり障りのない目標が示されているだけです。「日本教」は綿々と生き続けているわけです。

 「シールズ」奥田氏は1992年生まれの23才、バブル崩壊以後に生まれた世代ですね。政府の方針に対する疑問を表明して運動に高めるためには、勇気と実行力が必要だったと思います。ただネットを見る限り様々な批判にもさらされている。周りの御都合主義によって、声がかき消されるように願うばかりです。

 「国民の声が届く」という言い方ありますが、これは、国家権力は「お上」だと認めてしまってるような表現ですね。これは「立憲主義」「国民主権」の概念とは全く一致しないものです。「集団的自衛権」の議論を通じてこの矛盾に気づいた人たちの道理が通るためにはどうしたらよいか?その立場にいる人はまじめに考えてほしいですね。
 
 

 

 

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2015年12月10日 (木)

52回目 「京都」考③

52回目 「京都」考③
      -これからのことー

<「京都」あるいは「日本」の不連続性>

Photo 昨年仕事で仙台へ行った際、松島を訪れた。日本三景のひとつ、風光明媚な海岸の風景に相対する沿道の街並みは、全く雑然としたものでした。案内していただいた土木コンサルタントの方も、「この町ができた頃には『景観』という概念がなかったんだろうね」、と話してました。
 ここが京都と違うのは、もともと継承すべき街並みが存在しなかったということですね。高度経済成長による観光客の増大によって、バラバラにたてられた建物群なのでしょう。何となく、ロードサイド店舗の様相を呈しています。これは、「自由放任するとこうなる」という例かなと思います。おそらく古くからある全国の観光地の多くは同じような状況なのでは。東洋文化研究者であるアレックス・カー第二次大戦時京都はその文化の重要性ゆえに空爆からはずされたのに、日本自ら文化を破壊してしまった。と語っています。

 この「不連続」はなぜ発生したのか?
 ひとつは、「建築手段や経済条件の変化による不連続」に原因を見出せます。地域の人々は昔から特に「景観」という意識はなく、当たり前のことをしていただけでしょう。いやむしろ1960年代には新たなビルデイングスタイルに新しい時代精神を感じていたかもしれない。私は1960年生まれですが、子供の時、近くに鉄筋コンクリートの建物が建つと、当時珍しかったこともあり、無条件に「かっこいいなー」と思っていました。「景観条例」のルーツは1968年に金沢市が制定した「伝統環境保存条例」とのことです。金沢市でもそうした状況だったのでしょう。問題は京都のように明らかに「文化」を尊重すべき場所において、人々の意識はどうだったのかという事ですね。

 そこでもうひとつの原因、「精神の不連続」に行き当たります。これについてはこの小文ではとても書ききれませんが、「第二次大戦後における価値観の不連続」です。戦争→敗戦→復興→高度経済成長→バブル経済とその終焉 の流れの中で、立ち止まって考えることができなかったのかもしれない。その過程において「足るを知る」から「経済中心主義による利益追求」へと価値観が変化したともいえます。
 ここでひとつ思い浮かぶのは、戦後復興の際、例えばワルシャワPhoto
といった、ヨーロッパの多くの都市が、がれきを再利用しながら、元の姿を根気強く復元するところから始めたという話。彼らは自分たちで積み上げた歴史を途絶えさせないためには、そうしないと心の空洞を埋められないと思ったのではないか。河合隼雄氏は日本人の精神構造は「中空構造」だと分析しました。これによる日本人の「相対性・曖昧性・空気主義」が、時代の変化に対してその場しのぎで対応してしまったのかもしれない。
 しかしこの過程によって、決定的に日本人は「心の拠り所」を失ってしまった。西洋の人々の心の拠り所はまず基本的に一つの神を中心にもつ宗教ですね。日本人はおそらく村落共同体の原理が一番の社会規範だったわけですが、高度経済成長のなかで、中間社会が崩壊し、この構造は空洞化しました。まだ成長が続いていた頃は、働いて稼ぐという行為が救いになりえたのですが、それさえバブルの崩壊とともに消え去った。結果として、個人はばらばらな価値観で漂流せざるを得ない世界になりました。(このあたりは22回目<包摂性のある社会>に詳しく記述しています。)このことが様々な物事の破たんの原因になりました。

<まずは中間社会の再構築>

 前回「京都考②」で提示した、「年暮る」の横からのアングルにおける現代の街並写真を見ると、個人のばらばらな価値観をそのまま表出しているように見えます。ただ都市において多様な価値観が存在することは決2して悪いことではない。むしろ「都市」に不可欠な要素です。実際、先に掲載したワルシャワの写真を見ても、京都の伝統的な街並み(写真参照)を見ても、ひとつひとつの建物には差異があってそれが魅力を引き出しています。
 問題は断絶を感じさせない「連続性」を持たせることができるかですね。その意味において、新しい時代の要請に対応してどういう連続性を持たせるかという意識を共有する必要があります。その意思決定をするために中間社会としての地域社会コミュニテイーの再構築が必要となるわけです。
 そもそも「景観」を保存すべきか、個人の自由度を高めることを優先するか、運命共同体として結論を出す必要があります。

<「景観」は誰のためのものなんでしょう?>

 結果として地域社会は、「景観」の規制に対して。「不要」という結論を出すかもしれない。それが妥当な場合もあり得ます。さてそれだけで問題は片付くか?「景観」は「環境」ととらえられますが、「環境」とはいかなる存在か?ということを考えないといけません。
 これについては、「環境を一つの生き物として認識する」必要があることを述べました。(46回目<環境倫理学から:ベアード・キャリコットの「全体論」参照)環境は自然や街並みとそこで住み、活動する住民から成る。「環境」の振る舞い方については、あくまで住民がその生き物の立場に立って、判断する必要があるが、その存在は個人のスケールを空間的にも時間的にも超えている。そのため、その生き物が如何なる存在であるかを認識するためには専門家のサポートが必要である。同時に将来の選択肢としていかなる可能性があるかを分析・解説するのも専門家の役割である。それらをもとに住民が自ら決断しないといけないという考えです。
 「その生き物」を京都ととらえた場合、これはもう日本の文化・歴史を背負った話になります。これが前回お話しした、「『景観問題』は『個人の行動』と『社会性』のせめぎ合いの問題である。」という意味です。京都の住民は、その責を背負わないといけないのでしょうか?これに「YES」と答えるのがマイケル・サンデル等の「コミュニタリアニズム」の考え方といえます。個人の自由は社会の中に生きているという前提の中で語られるべきという思想ですね。逆に個人が利益を追求すればよいというかつての考え方(功利主義)で何が起こったかと言えば「公害」です。この内容については、マイケル・サンデルの「これからの『正義』の話をしよう」をお読みいただいたら、納得してもらえるのではと思います。 

<「規制」ではなく「里山資本主義」>

 2007年に改正された京都の景観条例もある意味、社会性によって個人の行動を制限するという意味で、この考え方の延長線上にあると言えます。前回少し触れましたがこの規制は、個人の権利に影響を与える。その規制の妥当性をうんぬんする前に、共同体として納得して導かれた結果だろうかという事を問う必要があると思います。
 もし、京都という「生き物」の主体である住民が「参加」していたらどうなったか?その規制を受け入れることが理屈として納得できるものであるけれど、損害を伴うものであれば、それに対して交換条件を持ち出してくるでしょう。それが、例えば景観を守ることによって得られる観光収入を回す仕組みを考えるとか、京都固有の税制を考えるとかにつながるのではないか?そういうことを話し合って結論を出すところに意味がありますよね。

 「地域で物事を回す」これはこのブログで何度も繰り返してきた「里山資本主義」の考え方です。「参加による包摂のある社会の創造」です。とにかくお役所に任せておけば「その場しのぎ」にしかならないのは分かっています。「景観」の担当者は「景観」のことにしか関心がない。(あっても、担当外の事には口を出さない。)また、規制によって住民が負う負担についても関心がない。(ごみの分別なんかもそうですね。)だから参加して意見を言うことが大事です。

 私は大阪南部の城下町の出身です。城の周辺の旧街道筋には景観規制がある。街道を歩いていて、格子窓があるので近づいてみたら、窓ではなく、とってつけた「飾り」だった!規制をいやいや守っていると、こんなことになります。全く本末転倒ですね。

 京都の出町柳近くに「ふたば」という和菓子屋さんがあります。名物が豆大福塩加減が絶妙でとても美味しい!学生自分は、ふらっと寄って買ったものですが、最近はいつ行っても長蛇の列。時間を惜しんで京都見物している身としては、いつもあきらめてしまいます。人を呼ぶ魅力があって商売繁盛なのは結構であり、活性化の原動力とはなるでしょうが、あまりのにぎわいを少し悔しく感じるのは、性格がひねくれてるでしょうか?・・・でも下賀茂神社前の「矢来餅」はすぐ買えるし、北野天満宮前の「粟餅」もおいしいですよ。!!

 

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2015年11月25日 (水)

51回目 「京都」考②

51回目 「京都」考②
      -京都の街並 今と昔ー

<円通寺の借景>
Entsuji_kyoto02s5
 最初の写真は円通寺の庭です。遠くの比叡山を庭と一体の風景とした、「借景」の手法による庭。私はこの庭を見ながらぼおっと何時間か過ごすのがお気に入りです。
 奥にある生垣と比叡山の間には、市街地があるのですが、注意深く隠されています。このあたりは、京都にとっては郊外の住宅地にあたる地域であり、マンション計画もあったそうです。京都市眺望景観創生条例」により、高さ等の制限が設けられたことにより、この風景が守られたという経緯があります。ここの住職は時々話しかけてくるのですが、「何とか条例が間に合ってよかった!」と感慨深げに語っておられました。ぎりぎり危機が回避されたようです。
 ただこれは、マンションを建てようとしていた地主にとっては、販売による利益が少なくなる(あるいは計画が成立しなくなる)という結果をもたらしたはず。法律により権利が制限されたわけですね。その人にとっては、得してるのは観光客と寺だけだ!ということになる。ですから「景観を守る」と一言で言っても皆が賛成できる話ではない。これがこの問題の難しいところです。
 現実に、中心市街地にあった、老舗の「俵屋」旅館が、近くにマンションが建つことで眺望が阻害されるということで、問題になったことがありますが、マンション建設を阻止することはできていない。(何らかの調停があったようですが。)

<東山魁夷「年暮る」から考える>
Photo
 右の絵は東山魁夷作「年暮る」です。全く「素」のままの京都という感じですね。発表されたのは1968年、高度経済成長はもう始まってますので、街並みが壊れかけていたのでしょう。川端康成が「京都は、今描いていただかないと、なくなります。京都のあるうちに、描いておいてください」と進言してできた作品だそうです。おそらく一番「素」の部分が残っている場所を選んで描かれたのでしょう。
Photo_12 これはホテルオークラから東をみたアングルで描かれていますが、今の風景を同じアングルから写真撮影した方がおられますので引用させていただきます。とっても貴重な記録ですね!(http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/e13edff4ce9a241c24e4407f04c976a1参照)
 上記のブログでも書かれていますが、この写真を見る限り、全くの「街並みの破壊」と見えます。奥に見えるお寺(要法寺)だけが変わってなくて、目印になりますね。このお寺以外は雑然とした街並みに変わってしまった・・・・
 もう少し詳しく分析してみましょう。これを航空写真で見ると、少し印象が変わります。
1_3 まず1961年。この辺りは町屋が広範囲に連続していた地域であることがよくわかります。道路の配置もよくわかります。町屋は道路に対しては屋根の軒の方を向けています。(これは「平入り」といいます。この地域は南北に生活道Photo
路が配置されているので、絵のアングルでは、軒を向けた屋根が多く見え、統一感のある構図になっています。道路からどんどん街区の奥に入っていくと、方向の違った屋根もあります。これらの屋根の間に「中庭」が設けられ、通風・採光を確保するのが、京町屋の仕組みとなっています。(写真参照)
 これに対して、2015年の航空写真。2_4
あたりまえですが、道路形態はほとんど変わっていません。上から見ると骨格は変わらないのに、横から見ると、ずいぶん変わっちゃったというのがわかります。ここのところがポイントですね。
  ちょっと考えてみてください。「年暮る」は切り取られた風景として、情緒あふれる絵となっていますが、この風景が、べたっと京都全体に広がっていることを想像すれば、ちょっと単調で殺風景ですね。ある意味、今の風景は、様々な人間の活動が表出して活性化した結果だともいえる。ただやはり横から見ると、なんか他に方法がなかったのか?と思いますよね。

<ではどういう方法があったんだろう?>

 1960年代からの約50年の間になにが起こったか。横から見た写真を比べればよくわかります。

①人口増により、高層化が必要になりました。地価が上昇して高度利用が(経済的に)要求されました。
②上記と同時に、建物の不燃化が要求されました。従って建物のスタイル、質感が変化しました。この地域(準防火地域)で言えば、三階建て以上で耐火性能が要求されます。
③モータリゼーションにより駐車スペースが必要になりました。その分、スペースが必要になり、土地利用はさらに制約されました。
④新たな機能を有する建築が必要になった。例えばマンションとかショッピングセンターとか、コンサートホールとかですね。

 私は建築設計が専門なので、「年暮る」の「素」の状態をベースにして、「景観」を保全しながら上記の設計条件を満たす方法はいくつか思いつきます。まずは道路際は軒の高さを変えないで、奥に行くに従って、高さを上げていけば、視覚的には一番良いですね。そういうことは、建築デザインの訓練を受けていれば、誰でも考えます。私が考えなくても、すでに提案されているのをお見せします。
Photo 右の図は「町屋型集合住宅(巽和夫+町屋型集合住宅研究会)」の資料から引用しています。(若干加工しています)これは「元の景観の流れを受け継ぎながら、時代の要請に応じて機能を変化させていく方法」です。こうして街並みの連続性を確保するわけですが、この場合は、アナロジカル(類推性)の連続性」と言います。
 別の方法としては、町屋はある地域を限定して「そのままの形態で保存するPhotoという方法」もあります。橿原の今井町ではそのような手法がとられています。(写真参照)これは、機能をそのまま維持するという意味で「ホモジニアス(同質性)の連続性」と言います。
 さらに上記④の解決方法としては、異質であるが、十分吟味された建築を注意深く挿入するという方法」もあります。写真に示すのは、パリのポンピドーセンターの例です。この建物はできた当初 2_6は物議をかもしたそうですが、今ではすっかりパリッ子の間で定着しているようです。これは「ヘテロジニアス(異質性)の連続性」と呼ぶことが可能です。
 要は、既存景観との「連続性」をどういう方法で継承するかを決断すればそれなりの方法はあるわけです。問題は、なぜ連続性が途切れてしまったか?連続性を維持することが可能であったか?将来可能であるか?ということですね。

<では何が現実か?>

 現実的には、古い町並みはどんどん失われていっています。今何が問題だったかということを整理します。

①「京都」の地域とは関係なく、普遍的な「経済性」「効率性」が適用されてきた。
②さらに上記の手法が、「個別的」に適用されざるをえなかった。結果として「雑然」とした街並みが形成された。

 京都では2007年に景観条例が改正され、全国でも最も厳格な規制が成立しました。遅きに失したという人もいます。さてこの「規制」で景観が守れるでしょうか?
 例えば、地域によっては市街地で「軒を出を60cm以上、けらば(妻側の屋根)の出を30cm以上」という規制がありますが、これは、中心市街地では妻側の外壁が隣地側でほぼ接していますから、建物の幅を60cm小さくしなさい、と言っている内容です。これは間口が平均3間(狭いものでは2間、1間は約1.8M)で奥行きの大きい京都の町屋では、建替えは非常に不利な条件を飲むということを意味します。
 「景観問題」は建築デザインンの問題ではなく「個人の行動」と「社会性」のせめぎ合いの問題なわけです。あれ、そういう分野についてはこのブログでは何度も話題にしてきました。同じ文脈で活路が見出せるのではないでしょうか?というのが次回の話題であります。

 11月22日(連休の中日)に京都へ紅葉を見に出かけた。これは昨年に引き続き、我が家の恒例行事となりつつあります。実は今年の紅葉は気温と雨の関係でここ10年で最悪だったそうで、残念ではありました。それよりもなによりも昨年と大きく異なったのは、観光客の数が爆発的に増えたという事。駐車場もお寺もレストランも、長蛇の列を我慢しない限り利用不能。オーバーフロー状態でした。
 観光業というのは、売り上げが増えても必要経費がさほど増えない産業ですから、絶対もうかってるはず!この利益を、「観光」「景観」という名のもとに我慢を強いられている住民に還元しないのはおかしいですね。この辺りが問題解決のポイントではないか???

 

 
 

 

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2015年11月17日 (火)

50回目 「京都」考①

50回目 「京都」考①
      ー僕の京都の味わい方ー

 昨年(平成26年)秋、地下鉄の吊り広告で、紅葉の名所として「永観堂」の写真が掲載されていた。行ったことがなかったし、正直その名前も知らなかった。有名じゃなければ、ひょっとしたらすいてるかなと思って出かけました。実は紅葉の名所としては非常にポピュラーなスポットだったようで、無茶苦茶混んでいましたが、その分一見する価値のある、見事な紅葉でした。Photo_2
 おそらく、紅葉を美しく見せるために相当に手入れを尽くしていると
思われます。色彩の鮮やかさが違いました。人ごみをかき分けて、バスで乗り入れる団体さんたちが、山門を入った途端、歓声を上げるのが、外からも見て取れました。(写真参照)
 京都の寺社を訪れて、よそと何が違うかと言えば、紅葉に限らず、桜でも苔でも、「そこにあればよい」という考えではなく、「どう見せるのがが風流か」を考え抜いてある。それが他の観光地と一線を画するポイントだと思います。もう少し具体的に説明いたします。

①「地肌を見せるのは興ざめ」という思Photo_3

  庭でも境内でも、これには感心します。これは庭造りの基本ではあるのですが、徹底することは、並大抵のことではない。庭の手入れをしたことのある方は実感すると思います。右の写真は高台寺の庭ですが、石組と苔でできた庭です。地肌はどこにも見えません。TVで三千院の苔の手入れをしているのを見たことがありますが、雑草を一本一本こまめに抜くことによって成り立ってる光景なのです。

②「余計なものを見せない」という思想Photo_7

 さきほどの高台寺の庭は東山の山すそ斜面を利用して作られています。山の方を見ているので、向こうに余計なものは見えない。そういう場所には、このような美しい庭がたくさんあります。地図を見て市街地と周辺の山の境目を探してみてください。嵐山の天竜寺、大原の三千院、修学院の曼殊院なんかもそうです。
 市街地の真ん中でも、この思想は徹底される。写真は無鄰菴(山縣有朋の別荘)の庭ですが、岡崎の市街地の中にあるとは思えませんね。樹木や塀、築山等を利用しながら、雑音を生じさせるような事物を巧みに隠しながら、外界の存在を感じさせない庭の世界を作り上げています。

③「かよわさ」を生かす思想                         Photo_2

 京都の町屋の柱は奈良などと比べて、ずっと細くてきゃしゃな感じがします。「無骨」はダメなのでしょう。
 写真は先ほどの無鄰菴の裏の方にある中庭です。すぐ引っこ抜けそうな笹が、この控えめな中庭の主役になっています。上の表の庭の華やかさと対照的ですね。Photo_2
 その下は三千院で見た手水鉢。横に植えられた低木の枝が、雰囲気を演出します。ここまでいくと、頭で考えるのは不可能で、手入れしながら、作られた光景だろうと思います。

<「庭の世界」から「景観」へ>

 これらの「手を抜いてなさ」は他の観光地と比べて歴然と差があるように感じます。先ほどの苔の庭の雑草抜きなどは延々と続く作業ですね。おそらく「そこまでしなければ許されないだろうし、自分も満足できない。」という「意識」が京都の観光スポットとしてのグレードを支えているのでしょう。
 これが、街並みの「景観」という話になると、様相が変わる。個人の意識だけで伝統的な街並みを維持するのは難しい。様々な人々の利害や経済性等の様々な社会条件が関係します。モータリゼーションをはじめ、ライフスタイルも変化する。そこには葛藤がありますね。これについては次回の話題といたします。

 もう37年前になりますが、大学受験で京都を訪れた。受験前日、バスで大学の下見に向かう途中、賀茂川にさしかかった。いきなり目の前の視界が開け、清流が目にはいり、「はっ」としました。
 今まで大都市の川と言えば大阪の川の風景しか知らなかったので驚いたわけです。(当時はほとんどドブ川でした。)ちまちました京都の街並みを一直線に突っ切る空間は爽快そのもの。そこに涼を求めていろんな人が繰り出します。学生時代、上流・中流・下流それぞれにそれぞれの季節で楽しませてくれました。賀茂川は今も変わらず流れています。 周囲の景観は結構変化しました。京都の未来を考えてみるのも一興かと思います。

 

 

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2014年12月26日 (金)

43回目 「円」のホットスポットについて

43回目 「円」のホットスポットについて
     ーペレストロイカのてんまつー 

<世界を変えた男 ゴルバチョフ>

 「世界を変えた男 ゴルバチョフ」(ゲイル・シーヒー著 飛鳥新社)を読みました。たまたま古本屋さんで目についたので手に取りました。以前からゴルバチョフについては、不思議に思っていたことがあったのです。
 彼がもし下っ端の頃から「ぺレストロイカ(改革)!」と叫び声を上げていたら、共産党の中で書記長の地位まで上り詰めることができたとは思えない。それまでに蹴落とされていただろう。それなら、「改革」の信念を心の中に隠しながら、ひたすら書記長を目指していたのか?であればそれはこの上なく忍耐を要することだと思う。果たして真実は如何なるものだったのだろう?この疑問にこの本は答えていました。
 回答は後で述べますが、とにかくゴルバチョフが若かった頃(彼は1931年生まれ)のソビエト連邦の内情は悲惨だったようです。彼は農村出身ですが、共産党のプロパガンダとは裏腹に、貧困にあえぐ毎日でした。集団農場における生産性はどんどん落ち込む。しかも成果はモスクワ指導部にさらわれる。国で生産される工業製品は質が悪く、例えば国内産の「靴」ではまともに歩けなかったそうです。
 国の富はほとんど共産党が密かに独占していた。彼が昇進して、共産党の幹部になった時には、専用の車をあてがわれ、幹部用の別荘(これらは庶民の目の届かない場所に隠されていた!)では、何不自由のないバカンスを過ごせたそうな。当時の「共産主義」というのは、形を変えた「王政」と何ら変わりなかったという事ですね。
 しかも、若者が貧困から抜け出そうとすれば、唯一の方法が共産党に入って昇進することであった。そういう、個人ではどうしようもない強固な社会システムが作り上げられていたわけですね。結果「富」は途方もなく偏在していました。

<「制度」が「富の偏在」をもたらす>

 さて、申し上げたいのは、このような社会は我々とは、無関係なのだろうかという事です。

 まず、私が経験したお話をします。聞いていただければ、これはこの社会の片鱗のそのまた一部だろうと想像できると思います。

 私の母は、認知症です。症状が悪化してほっとけない状態になりましたので、老人ホームにお世話になることにしました。以前デイサービスを利用していた頃から感じていましたが、介護の仕事に携わる人達を見ていると献身的な仕事ぶりに本当に頭が下がる。母の命を預けているわけですから、仕事の内容はお医者さんと同じ価値があるはずですよね。
 でも、よく言われるように、「介護」や「福祉」の仕事は給料が安い。私の娘は大学で心理学を学び、「精神福祉士」の資格を取って、福祉関係の仕事をしていますが、仲間内では結婚しないというのが不文律になっているそうな。夫婦で同業では生活できないからという理由です。
 さて、老人ホームに入居してしばらくすると、施設と提携している医院から案内が来て、「訪問診療の契約をお願いします。」とのこと。
 このサービスについては入居前から、月1800円ぐらいかかるとは聞いていたので、そのつもりはしていたが、とにかく内容の説明を受けることにした。でも月々医者代に1800円は高いなあ!とは思っていた。
 この1800円の内訳とは以下のようなものでした。

①月に2回施設に訪問診療を行う
 =100円/回×2=200円/月
②24時間、施設のスタッフから入居者の具合について相談を受ける体制を取る
 =1000円/月
③スタッフに対して健康管理の指導を行う
 =大体600円
 (何を指導したのかこちらに教えてくれますか、と聞いたところ、その義務はないとのことでした。)

④検診の結果、治療や薬が必要になった時の医療費は全く含まれていません。

 ということは、施設に往診に来て、30人くらい健康診断するだけで1800円×30人=54000円の個人負担です。ということは一割負担ですので医者の売り上げは54万円!一回半日かかるとして。月二日=一日分相当の検診するだけで54万円の売り上げです。週五日働けば270万円の売り上げ。経費が半分としても100万円をゆうに超える手取り収入となります。
 介護スタッフはこの数分の1の給料で、もっと大変で責任の重い仕事をしています。

 この不合理は何なんでしょうね?この老人ホームを経営する社長とお話をする機会があり、介護事業についていろいろ教えてもらいました。老人ホームの必要経費は「家賃」「食費」「介護サービス費」からなりますが、「家賃」は土地建物のオーナーに、「食費」は委託業者に、ほぼそのまま支払う(むしろ赤字らしい)ので、スタッフの給料は「介護保険」からの収入だけに頼っています。この金額は介護保険の点数で、決まります。
 この先、高齢化が進み、人口が減るのですから、すでに介護保険の予算は苦しく、得られる収入はすこしづつ減らされる傾向にあるそうです。
 一方医者(あえて呼び捨てにしますが)の収入も医療保険制度の点数によって決められている。もちろんその原資は我々の税金です。

 富の配分は「制度」により決まるわけです。自由競争では決してありません。容易に想像できますが、我々の目に見えないところで、医師会は自分たちの利益だけは確保するための画策をしているのでしょう。だからこそ徳洲会は医療費をため込んで5000万も個人献金できるわけですね。

<トリクルダウン?はあ?>

 今アベノミクスでは「トリクルダウン効果」が期待できるということが言われています。これは大企業や富裕層の支援政策を行えば、徐々に富が低所得者層にむかって「流れ落ちる」という意味ですが、上記の例からもあり得ない理屈だとすぐわかりますね。「自由競争」ではなく「制度」によってせき止められているところに、自由な富の流れは存在するわけがない。
 そもそもトマ・ピケテイ「21世紀の資本」(みすず書房)によって、資本主義という制度自体の中に、富は富裕層に蓄積していくという仕組みが内在しているということが、実証的に述べられている。これを是正するのが政府の役割なのですが、医師会に支援されている政治家がそんなことを実行するわけがない。
 なので、冒頭で述べた当時のソビエト連邦の腐敗ぶりと、私たちの社会のあり方は、さほど差があるとは思えない。個人ではどうしようもない強固なシステムが作り上げられ、富の偏在、富のホットスポットを形成しているところは、まるで同じです。誰かが何とかしてこれをひっくり返さないとどうしようもありません。

<ゴルバチョフはなぜペレストロイカを遂行できたのか?>

 とういうわけで、冒頭の疑問に戻ります。ゴルバチョフはなぜペレストロイカという社会の大変革を遂行するための態勢を作り上げることができたのでしょうか?

 要約した答えをすれば、「八方美人」と「日和見主義」によって成し遂げられた、というのが前述の著者であるゲイル・シーヒーの見解と言ってよいかと思います。なんだか肩すかしの答えですがどういう事でしょうか?
 でもある意味、そのような方法でしか条件は成立しなかったとも言えます。もちろんゴルバチョフの意志、能力、頭脳がなければ成し得なかったことは明白です。結果として世界の構造を変えたわけですから、尋常な功績ではない。ただ、それらだけでは十分条件とはなり得なかった。では彼はどう「立ち回った」のでしょうか?

 まずは、共産党の組織の中で出世するという事が彼の第一目標であった。そのためには、自分を推薦し、パトロンとなってくれる重要人物が必要であった。彼は昇進しながら、次々とそのような人物を見つけ出し、その人物に取り入ることを怠らなかった。
 その目的のためには、自分の考えをたやすく修正した。(「信念」をもっていては邪魔だっただろう。)例えば、停滞していた農業の生産性を上げるため、小集団に自主性を持たせ、収穫が増えると賃金も増えるというシステムを彼が考案し、成果を挙げつつあった。しかしそれが自分のパトロンの意向と異なるとわかれば、すぐに政策を180度転換し、農民を途方に暮れさせた。
 彼に対する信任の厚いアンドロポフ書記長の後任に選ばれる可能性が高くなると、反対しそうな要人におべっかを使うことも忘れなかった。
 こうしてゴルバチョフは晴れて書記長の座を射止め、誰にも取り入る必要のない身となった。その時点でも、「誰もが今より幸福になれる国をつくる」という漠然としたイメージしかもっていなかったらしい。
 ただ、経済がこのままでは持たないということは認識していたし、農民の苦しい生活は身をもって理解していた。そこで、前任のアンドロポフがすでにあいまいな形で提唱していた「ペレストロイカ」に具体性を持たせる必要は感じていた。そのためには、今まで共産党が築き上げてきた、閉塞的な体制が誤りであるという事実を知らしめるために、情報公開(グラスノチ)を進めた。
 ゴルバチョフはあくまで共産主義体制の枠の中で、少し風穴をあけて、ガスを抜きたかっただけだったようですが、国民の鬱積は予想をはるかに超えて蓄積されていたので、爆発的な国民運動を誘発し、ソビエト連邦は崩壊への道をつき進んでいったわけです。

 結局、世の中を変えることができるのは、一人の人間ではなく、
①:国民が、事実を知ることができる。
②:国民が、思ったことを表現できる。

 という二つの条件が整った時だということですね。

<自省することこそが必要ということ>

 逆に言えば、それまでの共産党は上記の二つの条件が成立しないように、国民をあきらめさせ、無関心にさせることに成功してきたわけです。
 これは、私達が自省すべき教訓でもありますね。上で一つの例を挙げましたが、私たちも、このような不合理を「仕方のないことだ」と受け入れてしまっていないかということです。上の二つの条件から遠ざかる方向に世の中が動いていませんか??

 グラスノチにより、国民運動が、動かし難い流れになっていた頃、ある15歳の娘が、お父さんをこう言って非難したそうです。

「『どうして私たちにほんとうの歴史を話してくれなかったの。こんなに長い間よく嘘をついてこれたわね。』父親は肩をすくめ、自己嫌悪で黙っていた。」

 

 

 

 
 

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2014年11月21日 (金)

42回目 視点を変えればわかること

42回目 視点を変えればわかること
     ー隣人愛は偽善か?ー

 <盲目の物乞いのお話>

 FACEBOOKにはときどき面白い動画がアップされます。先日次のような動画がありました。(もう一度見ようとしたのですが見つからないので思い出しながら書きます。)

 道端で盲目の男性が地べたに座って物乞いをしています。かたわらには「I am blind. Please give me money.(私は目が見えません。お金をめぐんでください。)」と書いたカードが。通行人のほとんどは無視して通り過ぎる。たまにめぐんでくれる人も、お金を容器の中にぞんざいに投げ入れる。そんな折、ひとりの女性が通りかかり、カードを眺めつつ通り過ぎるが、やがて引き返してきてカードの文字を書き換える。
 その後、通りかかる人の反応は劇的に変化し、多くの人がすすんでその人にお金を分け与える。盲目の男性はその女性に「カードになにか細工をしたのかい?」と尋ねる。女性は「少しね。同じ意味なんだけど。」と言って立ち去ります。いったいどういう風にカードを書き換えたのでしょうか?

 
「It seems to be fine today. But I cannnot see the sky.(今日は良い天気のようですが、私はその空を見ることができません。)」

 さて、前後の文章は何が本質的に異なるのでしょうか?なにが人の気持ちに変化をもたらしたのでしょうか?「後者の文章は、他者がその男性の気持ちを想像することにより、共感できる表現力を持っていた。」ということですね。他者の出来事が自己の出来事になったわけです。

 <Sexchange Day>

 先日、とある高校で、男女の制服を入れ替えて一日を過ごしてみるというイベント<Sexchange Day>が行われました。全校の4割ぐらいの生徒が参加したとのこと。ニュースでは、スカートをはいた男子は「寒かった」女子は男装をして「姿勢が変わった。」という感想が多かったようですが、心の内面ではもっと新鮮な発見があったと思います。
 「椿山課長の7日間」(浅田次郎著)のなかでは、一度死んだ主人公が七日間だけ若い女性の姿でこの世に戻るのですが、何と生理を初体験することになります。課長はこの時女性の大変さを思い知り、そういう目で女性を見ていなかったことに気づかされます。

 <隣人愛は偽善か?>

 このブログシリーズでも「他人の痛みがわかる」「他人に対して想像力をもてる」ことは社会倫理にとって基礎的な要件であり、これが自己の幸福に結びつくことによって「包摂度の高い社会」が築ける、ということをお話ししてきました。(30、31回目「どぶに捨てられた『倫理』を拾い上げる①、②」参照)これを実践するのは難しいことですが、全面的に否定する方はおられないだろうと思います。

ところが、ここからが問題なのですが、これに真っ向から対立する概念を投げかける人物がいます。

 ニーチェ「同情は偽善だ。」「隣人愛は自己逃避でしかない」「真のエゴイストになれ!」という言葉を発します。あれれ?これはどういう意味でしょうか?ニーチェは単にひねくれ者なのでしょうか?

 お話を進める前に知っておいてほしい事実があります。ニーチェは生涯にわたって目の病気や頭痛・リウマチ等にに悩まされ、健全でいられたのはわずかの時期でした。それにもかかわらず多くの著作を残しましたが、存命中はほとんど世の中に認められず、むしろ批判を受けていました。そういう境遇の中で上記のような主張をしていると思うと、言葉が違う意味を持つ気がします。

 <ニーチェの真意は?>

 ニーチェの言葉を理解するために、他にも、もう少し詳しく彼の言葉を読み解いてみましょう。(ニーチェの言葉は定義が明確ではなく難解で、専門家によっても解釈が分かれるという前提でお話しします。ちなみに私は原文を読んでもわかりっこないので、解説書を手掛かりとしています。引用は「哲学からのメッセージ」(木原武一著)によります。

 「彼は世界の秘密を頭のなかでつきとめるのではなく、鼻でかぎつけるのである。人間や歴史、道徳や価値、思想や心理の隅々まで「不気味なほど鋭敏」な鼻でかぎまわり、悪臭を見つけ出してしまう。」

 つまり彼が批判するのは対象の中の悪臭の部分であり、対象を全否定しているのではないということに注意しながら理解する必要があります。

 「彼は、われわれがふつう道徳的に申し分のないものと信じていることが、実は、偽善に裏打ちされ、人間の勇敢な行為も単に人間の弱さのあらわれにすぎないことを次つぎと暴露した。ニーチェの主張は単純明快である『一言でいえば、【自己喪失】ーこれがこれまで道徳と呼ばれてきたものである。』

 それでは彼はいったいどういう態度であれば肯定するのでしょうか?

 「彼は、完全に対等の人間、それもたがいに『自己の世界を確立した』人間のあいだでのみ友情は成立すると考え、一生涯そのような友人を求め続けた。(中略)『自分自身を信じない者の言葉はつねに嘘になる。』(中略『われわれはしっかりと自己の上に腰をすえ、毅然として自分自身の両脚で立たなければ、愛するということはできないものだ。

 繰り返しますが、ニーチェは一生涯、病気に苦しめられ、望む結婚はできず、世の中には認められず、(最後の著書は自費出版だったらしい)最後は発狂したという、同情されたいと考えてしかるべき境遇だった。それにも拘わらず、このような力強い言葉を発し続けたということに驚嘆し、勇気をもらう人は多いと思います。
 とはいえ、常にこんなに力強く生きるのは難しい。その意味で私は「無為」よりも「偽善を何割かは含むかもしれない慈善行為や同情」の方が人間として評価できると考えます。ニーチェのことばは100%純粋な内容ですが、実際は現実と折り合いをつける必要がある。これは彼自身認めていることで、『これは今日明日にできる課題ではない。(中略)忍耐を要する、最終的な修業なのだ。』と述べています。

 この話における私のまとめとして、隣人に対する姿勢を人間として評価できる順番に並べてみます。

姿勢①:自己愛に基づき、それと同等に隣人を愛する行為(友情)
姿勢②:偽善を含むかもしれないが、隣人に同情する行為
姿勢③:隣人の苦しみはわかっても何もしない態度
姿勢④:隣人の苦しみもわかろうとしない態度

<沖縄の基地問題と隣人愛について>

 11月16日、沖縄知事選において、辺野古移転に反対を表明している翁長氏が当選した。選挙の裏側の事はよく知らないが、この結果は沖縄の人たちが「引換の振興予算」という「同情」を拒んだ態度といえる。たぶん政府に対して「友情」は感じていないという事ですね。これは立派な態度だと思います。
 一方、知事選の当選確実が発表された時点で、このニュースを特集として報じていたのは「BS-TBS報道部」のみでした。とても不思議でしたが、このこと自体、マスコミの沖縄に対する姿勢は③の段階でしかないという事ですね。
 この番組の中で沖縄国際大学前泊教授はまさに沖縄に対する「自己愛」を確立しようとする態度を表明していました。氏は「沖縄の経済が基地なしでは成り立たないのは嘘だ」と主張します。その根拠として基地を他の方法で活用をした時の経済効果を試算しています。また国際的な立地による沖縄の重要性や、中国からの観光客誘致により十分食っていけると見込みます。だから「このままなら、沖縄は独立した方がよい」とまで言うわけです。
 まさにこれは自分を信じることにより、日本との関係を「友情」にまで高めようとする態度です。
 これに対して沖縄以外の県民の態度は姿勢②か③にとどまってるとしか言いようがありませんね。相手が友情をはぐくもうとしているのに対して同情のレベルではだめなわけです。

 原発再稼働についても被災地の支援についても同じように考えることができます。我々はどうも「隣人愛」「同情」がとても好きなようで、よくTV番組のタイトルやイベントの垂れ幕に「絆」という文字を目にします。これを見ればたぶんニーチェはせせら笑うのでは、と思いませんか??

 

 
 

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2014年11月 7日 (金)

41回目 わかっているのになぜ?・・・

41回目 わかっているのになぜ?・・・
   -将来の過ちは回避できるかー

<広島の土砂災害から>

 H26年8月20日、広島市安佐南区・安佐北区などで豪雨による土砂災害が発生。死者74名。
 災害地の写真を見て驚いたというか、うなずいた。2_3

 「これは人災やでー。なんでこんなとこまで宅地にするんや??」

  山の谷筋というのは、雨水の浸食によってできた地形ですね。小学生でも知っています。ここに雨が降ればどうなるか?当たり前ですが、勾配の方向に流れます。谷筋には雨水が集まります。それが集まれば川になります。普段は川がなくても、どこか(表面であったり伏流水であったりする。)を流れていきます。そのうち一本の川にまとまりますが、地球上のどの場所に降った雨もどこかの川に流れ込みます。その範囲を川の流域といいます。
 山間部を横切る国道や高速道路の多くは、この雨水の流れに関係なく、谷筋を埋め、尾根を削って造られています。谷筋の雨水を遮ってしまうので、対策として排水するパイプは入っているそうですが、目詰まりしても目視できないし、メンテナンスもされてないので、排水が追い付かず、道路が崩壊する災害は日本中いたるところで発生しています。(たしか数年前NHKで特集してました。)
 広島の宅地も同じことです。宅地造成上無理があるのは、技術者なら誰でもわかる。(わからなければプロじゃない!)でも盛り土して埋めてしまえば、素人にとっては危険性は感じられません。元の地形は無かったことになってしまう。わかっているのに・・・
 「赤信号みんなで渡れば怖くない」式の発想で、「開発」の名のもとに造成が進めば、一人の専門家が危険性を指摘しても流れは止まらない。ということで、日本各地で同様の宅地造成が行われてきました。

<危険な宅地はいろんなところに存在する>

 だいたい古くからの集落は経験上、海沿いとか、川沿いの災害の恐れのある土地を避け、安定した地盤の上(多くは高台)に存在します。宅地を拡大する必要上、あるいは産業の必要上、擁壁・岸壁・護岸といった工作物を築造する技術により、都市は拡大してきました。ところがこれらの工作物は耐力構造ですので、想定した力にしか耐えれませんし、耐用年数が生じます。メンテナンスも必要になります。(37回目に詳しくお話ししました。)ただこうした「人工物」は目に見えるので、危険性も認識しやすいが、(例えば亀裂が入っている等)今回の場合はそうではないという所が、「たちの悪い」話ですね。
 「コンクリートのような耐力構造物ではないが、自然の力には逆らっている造成地盤」における災害は過去にも例があります。
 たとえば10年前の中越地震の小千谷地区においては、斜面に盛Photo
土して造成した宅地が地すべりを起こしました。(写真参照)固い地盤の上に薄く土をかぶせれば振動で滑るのは道理です。わかってる人はわかってるはず。
 もっとたちが悪いのは、東北大震災において千葉県の浦安地区の埋立地で起きた液状化です。宅地を分譲したのは大手の不動産会社であり、当然対策もしていたが、このほど「長周期の振動が地盤に及ぼす影響は販売当時予想できなかった」として、住民の損害賠償請求はいまのところ棄却されています。ひどい話ですね。
 とにかく「自然に逆らった方法はしっぺ返しをくらう」というのが教訓です。高度成長時代においては、このような「慎重さの足りない罪」をいろいろ犯してきたわけですね。これは人口増加によって、やむを得ずやってしまった事かもしれないですが、これからは人口が減るのですから、これらをちゃんと反省して、もとに戻すべきことは戻していかないといけませんね。
 

<森の保水能力の低下が進行している>

  土砂災害が発生すると、「今まで起こらなかった災害が起こるのは温暖化による気候変動のせいだ!」という論調をよく聞きますが、これはいたって根拠の希薄な話のようです。(詳しくは武田邦彦氏のブログや渡辺正教授の著作等々をお読みください。)
 問題にすべきなのは、森林の劣化の方です。日本の森林はその40%は人工林(ほとんどが針葉樹林)ですが、林業の衰退により多くの森林は間伐が行われずに放置され、劣化し、保水能力も低下しています。これが土砂災害の原因になることはいろんな人が指摘しています。
 不思議ですよね。もし仮に「温暖化CO2説」が正しくて、真剣に対応する必要があるならば、いの一番に、劣化した森林の再生に予算を使うべきだというのは自明な事。ところが同じ名目で「エコカー減税」や「家電エコポイント」等に膨大な予算を使うというのは「何をかいわんや」ですね。わかっているのに・・・

<超高層マンションの解体方法は確立されていない!>

 建築関係者としていつも不可思議に思っているのは「超高層分譲マンション」です。二つ問題があります。
 一つは「超高層」という問題。建築足場は高さ45Mまでしか対応できませんので、解体する場合は特殊な工法が必要となります。「超高層建築物」が解体不可能と言ってるのではありません。負担できるコストで解体する方法が確立されていないということです。
 ですので「分譲」というのがもう一つの問題です。三井や住友といった大企業が保有しているならば問題はない。「個人」である居住者が保有していることがやっかいです。寿命がきて売れなくなったマンションの解体のために個人がどうやって膨大な解体コストを負担できるのか?それを賄えるだけの土地価格の上昇などはとても見込めない世の中なのに。超高層マンションの販売者は、購入者には決してこういう説明はしない。わかっているのに・・・・

わかっているのに・・・反省のできる社会へ>

 最初に挙げた「危険な宅地」の話は、住宅が慢性的に不足していた高度成長時代に成り行き上、ある意味やむを得ずやってしまった所業かもしれません。社会が未熟だったとしか言いようがないですが、過去を責めてばかりいても仕方がない。でも「森林の劣化」「超高層マンション」は現在進行形の出来事です。人口が減少し、経済成長が頭打ちとなり、落ち着いて物を考える条件が整ってからの話です。「原発」「リニアモーター新幹線」「国家補助事業」等々この種の話は枚挙にいとまがありません。
 でも、戦争を始めた原因が日本社会の未熟さにあったことを思えば、少なくともこの社会は昭和初期からずっと未熟なままだったわけですね。なぜわかっている過ちを犯してしまうのだろう?先ほど「落ち着いて物を考える」と書きましたが、この場合「物を考える」主体は国民の集合としての国家なわけですね。国家として理性的な結論を出すための民主主義のが欠如している。このブログで何度も述べてきましたが、やはりそこに問題は帰ってしまう。
 11月3日朝、毎日新聞に村上春樹のインタビューが掲載されました。上記のような流れのなかで、(ここでは「戦争」と「原発」が取り上げられていますが)日本の問題として「自己責任の回避」に言及されています。
 多分同じような趣旨で現在、武田邦彦氏「仮装社会」と名付けたブログを進行させています。ここで氏が面白い指摘をしています。

 日本人は面白い民族で「目的」にはあまり興味がなく「行為」が好きだというところがあります。<中略>自分たちで「理想的な社会と人生」を考えることはあまり好みません。「思考停止型で実行型」なのです。

 民主主義に関して言いますと、社会学者の小室直樹氏「悪の民主主義」(青春出版社)のなかで、アメリカ憲法に書かれている「自由」「平等」は実現されていないからこそ、これを追求する過程が「民主主義」の本質であるのに、日本人はこれらは与えられているものと勘違いしているという意味のことを述べておられます。

<東北大震災でも懲りないの?・・・>

 先ほどの村上氏のインタビューでは、「人は楽観的になろうとする姿勢をもたなければならない」と述べていますが、これは、現状を肯定すればよいという意味ではなくて「理想主義が実現できるという楽観性を持とう」という意味です。まさにその通りですね。ただそのためにはどこかで「既存システムの破壊」が必要という気がしますが・・・・。

 

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