2014年10月 9日 (木)

40回目 勝手に対決シリーズ「宮台真司編」

40回目 勝手に対決シリーズ「宮台真司編」

お詫び:諸事情により筆者の情緒が多少不安定になっております。今回に限り文章が多少下品になることをお許しください。なお宮台真司氏については敬称を略させていただいています。

<宮台真司は可哀そうな奴だ>

 おーい!宮台!あんたを見てて思うんやけど今まで挫折した経験ないやろ。Miyadaishinjiこっちは挫折しっぱなしやから、弱い者の気持ちがわかるんや。あんたはわからんのとちゃう?そんなんで社会学者としてやっていけるんか?
 たとえば食品偽装の問題では「そういうことは当たり前と考えるべきでさほど騒ぐことではない」と言ってましたな。でもこれはだます方の倫理の問題であって、消費者の意識に責任はないんとちゃうの?
 市民はある意味かしこくないといけないけれど明日の食い扶持のために必死の人もいるんやで。そういう人達の生活をよくするのが社会学の目的のひとつじゃないの?その意味で矛先の方向を間違えてないか?
 あんたの事実認識とそれに基づく理論構成の的確さは認めるよ。例えば「首相の靖国参拝」について「日本人として英霊に敬意をしめしてなぜ悪いか!」というよくある主張に対して、「そもそも戦後国体維持のために戦犯の首を差し出して『手打ち』をしたという事実認識が欠如した行為だ」と言う。全く明解な説明で納得できる。
 正直言ってこのブログシリーズの25%は宮台真司から学んだ事です。あと20%は武田邦彦氏の論理、15%は藻谷浩介氏の分析、残りは萱野稔人氏、広井良典氏、水野和夫氏、浜矩子氏、マイケルサンデル氏等々の成分でできている。、だから25%はあんたのおかげ様です。このブログにオリジナリテイーがあるとは思っていない。ただこれらを組み合わせることで見えてくることがあると思っているのと、ひとりでも多くの人に認識されるべきことを広めたいとは思っている。
 「イデオロギーではなく、事実認識と正論で物事を判断しよう」というグリーンアクテイブ(宮台真司、中沢新一氏らが設立した政党的組織)の趣旨はよくわかる。そこであんたが提示した「<任せて文句たれる社会〉から〈引き受けて考える社会〉へ。〈空気に縛られる社会〉 から 〈知識を尊重する社会〉へ」という主張もその通りだと経験的に実感している。そういう正論がなぜメジャーになって行かないのか?というのは大問題なんだけど、この文脈において「理屈を理解しようとしない市民は馬鹿だ。」というのと「食品偽装でだまされる市民は馬鹿だ」というのは、話が違うんじゃないの?前者は「市民の自覚」の話だし、後者は「他人に対する信頼性」の話じゃん。
 そんな人を見下したような態度が見えるからあちこちで嫌われるんやないの?もっとも自信があるからかどうか知らんけど全く気にしてないみたいやな。そんな姿を見てると、かえって可哀そうになるよ。

<宮台真司はずるい奴だ>

 あんたのトークにおける戦略はわかるねん。一見、聞いてる人の理解を超えるわけのわからん話をしているようだけど、実は聞いてる人のレベルに合わせて、「ぎりぎり理解できないレベル」に合わせてしゃべってるやろ。それが「宮台真司」のイメージ造り戦略やないの?
 そやから非常にレベルの高い人と対談されると本当に困るんや。姜尚中(カンサンジュン)氏との対談「挑発する知」(ちくま文庫)は二回読んでやっと70%くらい理解できた程度やったで。
 でも感心したのは、シンポジウム「新国立競技場案を神宮外苑の歴史的文脈の中で考えるhttp://www.ustream.tv/recorded/39735449)における語り口やった。これは主に建築関係者が主導し、「新国立」案が神宮外苑の都市的文脈を無視し、スケールが大きすぎることに抗議して行われたシンポジウム。その趣旨は私のような建築専門家には理解できるが、「スケールが大きい」ということが、巨大なスケールの建物が林立する東京に住む市民に理解できるのか?と思いながら見ていた。挙句の果ては、主導者であり、親分的存在の槇文彦氏をみんなでヨイショする始末。建築関係者として情けなかったわ。そんな中で一人だけ毛色の違う宮台真司はどういう説明をしたか?環境と市民の関わり合い方」の概念を歴史的に説明し、その後「その中で市民がどう行動すべきか」を説明した。建築関係者はこの態度を見倣うべきだと思ったね。
 でもね、結局新国立競技場は、申し訳が立つ程度に修正されてなしくずしで進みそうです。この運動も(私はもっと反響があってもよいと思うが)権力側を動かせるほどには市民の支持は広がらなかった。さきほどふれた「グリーンアクテイブ」も世間的にはあまり認知されていない。あんたはそれが悔しくないのか?何とかしようと思わないのか?そういう振る舞いは「学者」のやることではないと思ってるの?たしかに派手に動くことによって師匠の小室直樹氏や同じ門下の副島隆彦氏も世の中からはどちらかと言うと変人扱いされている。難しいのはわかるが、世の中を何とかしたいから学問を修めてるんとちゃうの?
 たとえば橋下徹氏のように派手にやる過ぎると賞味期限も短くなるとか考えてるのか?それやったらやっぱりずるいわ!

<宮台真司はこれからの社会像をどう考えるのか?>

 宮台真司は民主主義のありかたとして「参加と自治」による包摂度の高い社会」の実現を唱える。この趣旨はこのブログでも何度も賛同し、協調してきました。これは分権主義を指向し、里山資本主義にむすびつくと私は認識している。
 ドラッカー氏やその他にも同じことを言ってる人がいるが、これからは地域コミュニテイーが重要な働きをすべきで、キーワードは「分散」と「多様性」である。
 一方、ダニ・ロドリック著「グローバリゼーション・パラドクス」(白水社)によれば「グローバリゼーション」「国家主権」「民主主義」は3つ同時に成り立たない。上記の流れでひとつ捨てるとすれば「グローバリゼーション」しかないよね。
 インフラストラクチャーが不要という事ではないが、なるべく小さく回る社会が重要だと私は思う。
 あんたは2014年9月5日のデイキャッチャーズボイスで「フランスにおける「反アマゾン法」(町の個人書店を保護するため本の無料配送を禁止する法律)について、アマゾンの利便性を強調し、工夫のない個人書店はどんどんつぶれればよい」と言いましたよね。
 大塚英志氏とのトークセッション「愚民社会」「多くの若者が便利で豊かでアメニテイーのある場所に移動してしまう。これが地域社会の衰退につながる」これはあんたの言う「中間社会の空洞化」という事やね。この言葉と先ほどの言葉は矛盾せえへんか?
 問題は、「町の本屋」がリノベーションその他の経営努力なしに成り立つべき存在意義があるかという問題やろうけど、私は成り立った方がええと思うよ!
 この話は、「インターネットは必要なインフラか?」「成熟社会とリノベーションの関係は?」とかいろんな論点が関係して複雑になりすぎるから、今日はこの辺でかんべんしといたるわ!ただ一つだけ間違えたらあかんと思うのは、これからの社会のあるべき姿は、竹中平蔵ら新自由主義者の言うような「勝ち組だけが生き残る社会」じゃないと思うで。宮台も基本的にはその考えだと思うが、少なくとも些細なところで「上から目線」を感じるんや。別にあんたが良ければそれでもいいんやけど、「国民が共通で認識すべきこと」は、受け入れられるように話した方がいいんやないの?

<バカの壁をぶち壊せ!(あるいはぶち壊してくれよ~)>

  とにかく世の中を変えようと思ったら養老猛氏の言う「バカの壁」をぶち壊さなあきませんよね!これははっきりしてます。
  養老氏は「人はモノを理解するときに、自分の考えにこだわり、相手の考えを耳に入れない壁を作ってしまう。これを『バカの壁』と呼ぶ。「バカの壁」ができると、耳を貸さない人には決して話が通じない。」とおっしゃる。その通りですね。
 なので、そもそも、問題意識のない人にいくら「これは問題だ!」と言っても通じるわけはない。問題意識がある人は孤立する。まずこの事態をなんとかしないといけない!
 あんたもいつも「日本には本来の民主主義が存在しない」とよく言ってるでしょ。全くその通りですわ。だったらなんとかしてくださいよ!
 偉大な社会学者であった
マックスウェーバーも政治にとって必要な資質は「情熱」「責任感」「判断力」の3つだと言っている。あんたは人に嫌われるのは平気だし、社会的立場もあるのだから、ええかっこしてないで行動しなさいよ!
 

 私は「『包摂』が重要」という言葉に魅かれて宮台をフォローしだした。この文章でお分かりの通りかなりの宮台フェチです。宮台には「バカの壁をぶち破る」という、昨今だれもなしえていないことをやって欲しいとせつに願う。結果必ず成功してほしい。誰かがこれをやらないと将来に希望がもてませんよ全く!

<釈迦を見倣えよ!!>

 9/27(土)をもって「フーテンの寅さん」シリーズのTV放送が完結してしまった。これで心が和むTV番組は皆無になってしまった。33回目にお話ししたように、この映画は今、「包摂」のある世界を感じられるい唯一の機会だった。なので今「寅ロス」状態です。前回申し述べたように、いろいろあって、これからはおとなしく生きていこうと思う。
 だから宮台には、ストレス解消となる論説を投げ続けてほしいと思います。これが答えだ!」(朝日文庫)と他人にいえる自信があるんだから、自分の主張に対する答えも出して欲しい。
 


 釈迦は悟りの境地に至った際、この悟りはとても一般人には理解してもらえないだろうと思い、最初自分の胸の中にしまっておこうと考えていました。しかし梵天(これは釈迦の良心の象徴だという。)の強い要請により、布教することを決意した。
 それ以降は、まず昔の修業仲間5人に教えを説いた。もともとの仲間であったから、この5人はすぐにその悟りを理解した。これを手始めに、実に戦略的に教えを広めていきます。
 結果ついに釈迦の教えを政治の理念としたのが「アショーカ王」ですね。
 「仏教の教え」による政治と言えば、スリランカは第二次大戦における日本に対する戦後賠償請求権を放棄した。これはスリランカが仏教国だったからです。「日本のことを憎くないといえば嘘になるが、憎しみは憎しみによって止む事はなく、慈愛によって止む。」とのこと。仏教の理念を実行したわけですね。
 人間のやることだから、こんな夢物語もあるわけです。こんな風になったらいいですね。
 おーい宮台!聞いてるか??

 


 

 

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2014年6月 4日 (水)

36回目 勝手に対決シリーズ 「武田邦彦編」

■H26年6月4

36回目 勝手に対決シリーズ 「武田邦彦編」

<まずはSTAP細胞問題から>


 4月1日、暇なので理研の最終報告の実況をみていた。(記者があまり同じような質問を繰り返すので、質疑の途中で見るのをやめたが・・)次の日、新聞(うちは毎日新聞です)の記事を見て目を疑った。昨日の会見と同じ出来事を記述しているとは思えなかった!
 理研は次の二点をねつ造・不正とした。(小保方さんの反論と同じで、なぜこういう言葉を使うのか私もわからなかったが・・)
 ①実験の「手法」についてコピー・ペーストしていた件:これは理研も論文の本論とは無関係と述べていた(理研は「手法」を「Method」という英語を使ってたが、記者は意味を理解できなかったのか?)
 ②STAP細胞を証明する画像を取り違えていた件:真正のデータが存在することは理研も認めていた。
→これがなぜか新聞記事では論文全体が「不正」「ねつ造」という記事になる。
→さらにいろんなメデイアではSTAP細胞の存在をねつ造したことになり、「STAP細胞が存在する証拠を出せ!」と騒ぎ立てている。

 全く訳がわかんない!この問題については武田邦彦氏のブログでも詳述されており、全く同感です。御参照ください。ここで言いたいのは武田氏が客観的で上手な説明をしているという事です。
 
 ひとつは、研究には「月明かり研究」と「真っ暗闇研究」があって、前者は先人が道筋をつけてくれてる後をたどる方法ですが、後者はそれが全くない場合であるというお話です。STAP細胞は「真っ暗闇研究」なのに「月明かり研究」しかしたことない人が例えば「仮説を論文にするのはおかしい」などと、いうのは本末転倒だと解説しています。わかりやすいですね。(http://takedanet.com/2014/04/post_0226.html

 もうひとつは、DNAの構造を予想した有名なワトソンとクリックの論文はネイチャー誌でわずか1ページと少ししかない論文で、しかも基にしたデータは他人の成果だという!でも科学のデータは「公知」であり、誰でも使う権利があるので盗用とは言わない。と解説しています。納得ですね。(http://takedanet.com/2014/04/post_d3fe.html

<次は「美味しんぼ」問題>

 もうひとつすっきりとする解説を紹介します。「美味しんぼ」の話です。「原発事故直後に鼻血が出たのは放射線が原因だ」との表現は「専門的に見てあり得ないので不適切」と非難された問題です。これに対する氏の見解には全く同感です。ここでのうまい説明:
 「確定的な関係」とは例えば火の中に手を入れれば誰でもやけどするという関係
 「確率的な関係」とは例えばインフルエンザが流行しても全員ではなく何パーセントかの人が感染するという現象
 「低線量被ばく」は「確率的な関係」であるから、今までのサンプル数が少なく統計が未確定の現象を、結論付けるのはおかしいという指摘をされています。明解ですね。実際、チェルノブイリ事故の時点では被ばくと甲状腺がんの関係は、根拠がないとされました。因果関係が実証されたのは、発症が終結した後の段階でした。 

<武田氏に反論しよう!>

 武田氏は客観的、科学的な理屈をもって、現象を見つめているので説明を聞くと「腑に落ちる」ことが多い。ただ問題によっては理屈が一つではない場合もあります。また物事を推論するための根拠となる事実が、ひとつでも知識として欠けていれば、結論が変わることもあります。例えば、今回の原発事故の政府や電力会社の対応ぶりという事実を見て、推進派から反対派に転じた人も多い。これなどはその最たる事例ですね。そういう意味で結論は一つではない場合もある。私が武田氏と違う見解をもってる事例もあります。
 今回は、武田氏に拍手するだけではなく、そういう反論をしてみたいと思います。そういう議論は氏も望むところのはずです。といってもこちらで勝手に対決するだけですが・・

<TPPと農業問題そして里山資本主義>

 TPPについての氏の言説は以下のようなものです。

①日本は輸出立国として、発展してきた。日本の自動車がアメリカに自由に輸出でき、(結果としてGMが経営危機となった)アメリカの農産物が日本に自由に輸出できないのは不公平である。
②農業は、改革が必要である。日本は平地の割合が少なすぎるので、山地をどんどん造成して平地化し、大規模農業に転換すべきである。日本は気候的に農業適地なのだから、それによって十分競争力がもてる。そうして競争すればよい。
③歴史から見て、戦争しないためには自由貿易は必要である。ただしTPPに賛成しして、利益を得るためには、安全保障を米軍に頼るという、独立国ではない日本の現状では、議論してもあまり意味がない。→このままでは受け入れざるを得ないが、本来、対米従属を脱してから議論するのが公平である。として最終判断は避けています。

 
 
 細かい意見の相違点もいくつかありますが、大きな考え方から議論します。そもそも国の将来像をどう描くかという問題です。
 対米依存型からの脱却の必要性については私は同感です。その上で武田氏はグローバル経済の中で競争力を持ちながら繁栄することをイメージしておられると感じます。これはあくまでマネー資本主義の世界の枠内の話ですから、「経済成長」を前提とした議論です。ということは「競争」のため「時は金なり」と考えることになります。
 私は21回目以降、そうではない考え方(=「里山資本主義」)がこれからの理屈にならねばならぬと述べてきました。要は消費対象となるモノが飽和しつつあるという前提にたてば、全体のキャパシテイーの限界を想定しながら振る舞う必要がある。この視点を基礎に考えるかどうかが分かれ道です。付け加えれば、里山資本主義的観点に立てば、社会の包摂度を増すという、この国に一番欠落しているものを補えるということが、とっても大事です。
 実は武田氏も「幸福」のあり方については多く語っていて、「時は金なり」ではない考え方の持ち主です。このシリーズの中でも引用させていただきました。(22回目しつこく「里山資本主義」参照
 この前提に立てば、上記の武田氏の意見との相違が浮かび上がってきます。たとえば②における農業を立て直す手法ですが、「山地をどんどん平地化する」というのは必ずしも正解でないと考えます。日本が農業適地だというのはその通りです。なおかつ日本と米国の物価は少し米国の方が高いという条件で、農業における労働生産性に差がつくのはなぜか。ひとつは経営規模による効率が原因であることは確かです。ただもうひとつあまり報道されない事実があります。そもそも農業は単位面積当たりの土地が生み出す収益は他の産業にくらべて低いのは世界共通の原理です。そのため、農業を大事にする国は、直接支払制度」により、下駄をはかせて農業者を保護しています。あるいは「農業は作物を生産するのと同時に環境を維持する行為を行っていることでもある。」という「デカップリング」の立場に立って補助金を出している国もあります。(日本でも行われている。)医療制度は大事だから保険金と税金でお医者さんの給料を支払い、利用者の負担を軽減するというのと同じ考えです。
 大事なのは「地域」が生きる道を考えること。今の日本の農政予算は「間接支払」に重点があり、農地を造成する土建屋さんや、事業を実行するJAにまず、お金を回して、その効用が農業者に渡るという目論見なのですが、これが弊害となっている。これを「直接支払」に転換して地域の自主性にまかせることが必要。地域によれば「大規模造成」を選ぶし、そうではなくて斜面を生かした農業を選ぶところもある。そもそも今ある平地が十分活用されているかも地域によって様々ですからね。
 この方向性でいけば、「TPPには参加しないで成り立つ国をつくる」ことが大方針とすべきですね。「TPP参加」は対米従属の促進以外のなにものでもないのに・・・・
 細々した反論は簡単に提示しておきます。これは皆さんも「あれっ!そうだったの?」と思われるのでは?!

 ①「日本は輸出立国ではない」
  GDPに占める輸出の割合は最近で十数パーセント。高度成長期はもっと低かった。日本は内需の国です。なぜみんな「輸出立国」だと思い込んでるのだろう。たぶん輸出大企業を振興させるための政策でしょうね。
 ②「日本の農業生産は衰えていない」
 日本の農業従事者は1960年から2005年までに約1/6になりましたが、生産高は4,700万トン→5,000万トンに増えています。結果、統計のとりかたにもよりますが、日本は世界の5位から7位くらいで、ロシア、フランス、オーストラリアよりも上です。なぜ衰退産業と思われているのかは上と同じ理由でしょうね。
 ③「日本の物価は高くない」
 どうもおそらくバブルの頃のイメージで日本の物価は高いので人件費が高くつくという先入観があると思いますが、「ビッグマック指数」で見ると、日本よりスイスやスウエーデンは数割高い。ユーロ圏を平均しても日本より高い!!
 

<マスコミって何なんでしょう?!>

 武田氏に全く同感なのはマスコミの程度の低さですね。最初に「STAP細胞問題」と「美味しんぼ問題」を挙げましたが、もうひとつ「遠隔ウイルス操作事件」を挙げときます。私が接したマスコミの報道は「片山被告にだまされていた佐藤弁護士がうなだれるの図」でした。実際の記者会見は全く違うイメージです。下記動画を参照ください。(http://www.youtube.com/watch?v=0ubAO_26KUE)佐藤弁護士は最後の4分間で「アナと雪の女王」の主題歌を取り上げ、片山被告に「もう嘘をつく必要はなくなったのだから『ありのまま』に生きてほしい」と呼びかけています。検察、弁護士共に「真実を追求」するために働いたということがわかる、気持ちの良い会見でした。それをなぜ素直に『ありのまま』に伝えることができないのでしょう?人を馬鹿にしてるのか?それとも記者が馬鹿なのか?

Does it let go?・・・・(あきらめるしかない?)

 

 

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