2018年10月17日 (水)

62回目 今年の台風にまつわるエトセトラ

62回目 今年の台風にまつわるエトセトラ
      -「25年ぶりの勢力」から見えてくるものー

<25年ぶりの意味>

 2018年9月4日に大阪地方に来襲した台風21号は25年ぶりの「非常に強い」勢力の台風だったそうです。被害については、後程コメントしますが、大きく言って①25年のうちに劣化した部分、②新しくても脆弱だった部分に被害を受けています。
 この25年の歳月の意味はどちらの場合にも影を落としています。この25年で社会は大きく変化しましたよね。25年前は私は33歳で、働き始めて10年弱の時期でした。

 まずは、もっとさかのぼって私が子供の頃の話。50年ほど前の事になってしまいます。私は岸和田市の山間部のみかん農家の生まれです。この地方では「錣(シコロ)葺き」と呼ばれる瓦葺きの農家が集落を形成しています。
 台風が近づくと、皆が外に出て、屋根の棟を針金で固定したり、窓に板を張り付けたりしました。逆に言えば、そういう準備をする余裕があった時代でした。「家族で家を守っていた」時代とも言えます。

 この25年で、過疎化が進み、御老人の一人暮らし世帯や、空家がPhoto
ずいぶん増えました。自分を最後にこの家に住む人間が絶えるという人も多くいます。このような事情が重なって、メンテナンスが行き届かず、劣化の進んだ家が被害を受けています。屋根瓦を飛ばされた家が多数出ましたが、同じ条件にあっても、あるいは多少古くても、メンテナンスができてる屋根は大丈夫でした。これが先ほどの①の実情です。
 ちなみに風の被害は山間部より沿岸部のほうが、はるかにひどくて、写真は沿岸部の事例です。

<これは劣化じゃなくって手抜きでしょ!>

 他方、新しいのに被害を受けてる構造物(上記②)もあります。

 この25年はコストダウンが致命的な意味を持つ時代でもありました。思えば、1970年頃住宅戸数が世帯数を上回り、住宅不足が解消するとともに、「これからは大量供給から質の時代」と言われた。しかしながらこの流れは飽食の時代へと移り変わり、1991年にはバブル崩壊とともに2010年まで続く「失われた20年」へと急旋回することになった。安価な外国製品と競争するために「質」より「コスト」優先が求められた。そのひずみは今いろんなところで表に顕出されてきました。例えば、神戸製鋼のデータねつ造とかですね。

 次の写真は、とあるホームセンターの看板。10年ほど前に開業しPhoto_2
たお店です。勝手な判断は軽率かもしれませんが、どう見ても大きさに対して柱の鋼材の断面が小さすぎると思いますよね。多分厚みは5mmもないように見えます。周辺では、もっと古くても倒れてない看板も多くあります。

 上記の看板は、風圧を受けて、柱が折れています。例えば割り箸を地面に突き刺して、先端に水平方向の力を加21
えます。割り箸が折れる(=柱が折れる)のは、地面に突き刺した基礎の部分はしっかりしてるのに、上部構造が弱かったということですね。

 次は、上部構造ではなく、基礎部分が弱かったという事例です。コンクリートブロックでできたネットフェンスの基礎が壊れています。この事例は建築関係者としては、衝撃的です。
 本来フェンスメーカーは、コンクリートの基礎を求めていますが、お手軽で安価なコンクリートブロックで代用する事はほとんど常識的に行われている。特にこの事例のようにネットフェンスで高さも1M程度であれば、風圧の影響はほとんどないと考えてしまう。Photo_3
 しかし今回の台風では、瞬間的には秒速60M程度の風が吹いたと考えられている。これは時速にすれば200KMを超える速度です。F1レースの車のように時速300KMに近づく高速になれば、空気は急激に抵抗が大きくなり、「壁」になると言います。風速が大きくなれば、常時では考えられない力が働くことの証左であり、建築関係者が教訓としなければいけない事例です。

<植樹した樹木は要注意!>

  樹木もたくさん倒れました。まずは、街路樹の事例です。写真でおPhoto
分かりの通り、根こそぎ倒れています。これは上記のフェンスと同じで基礎部分が弱かったという倒れ方。もし基礎がしっかりしていれば、幹や枝が折れます。
 造園の専門家によれば、自然に育った樹木は、上に伸びれば、その分下方向に根を伸ばし、横に枝を広げる樹木は横方向に根を張るという。
 そういう見方をすれば、この街路樹は、根の深さがあまりに浅過ぎ!ほとんどちょこんと置いてるだけの状態です。風で倒れるのは当たり前ですね。これを台風のせいだけにして良いものか??
 本来ならば、もう少し小さい木から育てて大きくするべきだったのでしょうね。
 建物を建てる際に「緑化基準」を満たす必要があるのですが、最近の緑化条例は背の高い木を植えれば、面積を稼げる計算になっています。ますます「風で倒れやすい植樹」が増えることになるでしょう・・

<停電が怖い!>

 その倒れやすい街路樹には、大体において電線がからんでいまPhoto_2
す。樹木に被害が出れば、電線も切れる。これはとても悩ましい問題ですね。
 超高層マンションの30階に住んでる知り合いは、あちこちで電線に火花が飛び散っているのを見下ろしていたそうです。大阪では、あちこち「まだら状」に停電している地区があって、長いところでは一週間続きました。たちの悪いのは、この停電が果たして1時間後に復旧するのか、ずっと続くのか、全く電力会社から情報が提供されなかったという事。また、北海道地震による停電は、連日報道されて皆が原因を知ることができたのに、(しかも一日余りで復旧した。)こんなに長い間復旧しなかった大阪の停電は、ほとんど原因の追究がされていないのがとても不思議です。これは関西電力の差し金か?

 大阪の人たちは、停電は何日も続くかもしれないということを思い知ったので、例えば支払いを電子決済に頼るという事は、しないと思います。また、ガソリン車なので、停電してないところまで移動できたが、これが電気自動車の充電できてない時点ならば、どうしようもなくなっていました。大阪ではEV車が売れなくなったのではと思う!

<最後に自慢話を>

 私の設計した実家は、FRP製の格子でできた雨戸を付けました。Photo_3
写真は閉めた状態ですが、これは全面開放できます。閉めた状態で外も見えるし光も入ってきます。今回の台風では、これがとても役に立ちました。

 かつて住宅を設計した住宅の施主からも相談されたのですが、通常、雨戸やシャッターは主に「防犯」の観点から設計し、例えば泥棒の入ってきそうにない2階の窓には付けてなかったのですが、これからは風で物が飛んでくることも考えないといけませんね。

 

 

 

 

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2013年4月10日 (水)

七回目<この5年で・・・・>

■H25年4月10日
<この5年で・・・>


>>>老化・読書・YOUTUBE・社会的コミュニケーション・農業<<<

キャー 気付けばもう5年もこのページを更新していませんでした。必ずしも仕事が多忙だったわけではありません。むしろ仕事がなくてあえいでいた時間の方が長かった気がします。いろんな変化がありました。

いろんな人と出会いました。多くの知識を読書やYOUTUBEから受け取りました。
「農」に目覚めたし、最近「脳」にも興味があります。老眼になったし。怒ったし、もめごともありました。で今思ってるのは

・・生きていくスタンスを少し変えよう・・

 で、おそるおそる、おどおどとこの場所に帰ってきました。私現在52歳デス

●八方美人はやめよう!!●

 こういう文章を書くときもそうなんだけれど、最近、会議等の「公」の場で発言する事が増えてきて、最初は「人に気にいられるように」しないといけないという意識が強かったのよね。でもそういう態度の結果として「真意がちゃんと伝わらず、曖昧な意見になることが多かった」と思います。なので最近は「意見はきっぱりと言い切る」方針にしています。(そのためには自信をもてるための準備が必要)結果として敵は増えました。(苦笑)変に中途半端な結論が出る事に対しては徹底的に抵抗するようにするのですが、なかなか世の中うまくいきません。!!

 このやりかたで成功したのは猪瀬直樹(東京都知事)かなあ。他にえらいと思うのは例えば、武田邦彦氏・児玉龍彦氏・小出裕章氏です。この人達はその分いろんな所で中傷も受けていますが、信念をもって主張を行っています。私はこの方たちの意見は「真実」だと府に落ちていますが、なかなか「道理」が通らない世の中なんですよねえ。

 というわけでそのあたりもいろいろ突っ込んで行きたいと考えています。

 以上のような書き方自体、「自分を飾ってるのではないか!!」というご批判は甘受いたします。

<母の家その後>
前回まで読んでくださってた方のために母の家が完成した姿をお見せします。

 

Photo_12 Photo_13        
                                                                                

 

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2008年2月12日 (火)

六回目<母の家建替顛末記-その4->

■ H20年2月8日
六回目<母の家建替顛末記-その4->     

                              <筆責:山本>
● ● ● ● 母の家工事進行中 ● ● ● ● 
 過去三回報告した「母の家ができるまで」の続きです。前回は工事契約までのお話でした。現在のところ、そろそろ仕上げ工事が佳境に入ろうとしています。
 母としては、家を建てるのは初めてなので完成までのプロセスを楽しんでもらえたらと思っています。
<地鎮祭>
1  地鎮祭は、略式ですが行いました。地元の神社の神主さんにお願いしました。(写真①)私も通った小学校の校長先生もされていた方だそうです。ちなみに右側手前が私の母親、奥がそのお兄さんで今回壁に張る織物を(ただで!)提供していただく竹田織物の社長さんです。

<上棟式>
2  今回の家は鉄骨造なので「上棟」といっても鉄骨が建っているだけです。式は現場の職人さんたちと略式でとり行いました。
 写真②は住宅南側の部分です。柱が4本立っていますが、奥の2本は手前の2本に比べて細くなっているのがわかると思います。細い柱のあたりは、ほぼ全面アルミサッシュの開口になります。これこそが今回鉄骨造を採用した一番の理由です。木造の場合、筋違いの必要な壁が必要になるのでここまで開放的にしつらえるのは、普通のやり方では不可能です。
3_3  写真③は玄関前の土間になる部分です。前々回(四回目)に解体した家の土間の写真を載せていますが、そのイメージを現代風に再現しようとしています。




●土間空間のイメージ
Jpeg_4

<竹その後>
 居間・食堂は勾配天井にしていますが、以前も紹介しましたように、天井の仕上材として実家にある竹やぶの竹を割って使うことにしています。ただ、割る方法が見つかっていないというのが前回までのお話でした。
 工事が始まった段階では、大工さんが何とかしてくれるかなと思っていたのですが、無理とのこと。もうこれは失敗覚悟で自分で割るしかないかなあと考えていました。
 ある日のこと、少し時間が余ったので、古い竹細工屋さん(実は前からそこにあるのは知っていたが、営業しているかどうか怪しそうだったので問い合わせてなかった)に寄ってダメもとで聞いてみたところ、一度見に行ってあげるとのこと。
 現場に来て見てもらったところ、まず、虫がついて使えない竹が相当数あるとのこと。もうひとつは、乾燥する段階で割れている竹があり、たぶん竹一本につき、2~3本しか取れないだろうという指摘。割る作業をしても無駄になる可能性があります。竹細工屋さんから製品を買う手もあるのですがそうすればこれまでの手間が水の泡です。
4  無駄になるのは申し訳ないので私が自分でやってみようかなと申し上げたところ、素人では無理なのでそれなら割ってあげるということで、さっそく作業を始めました。竹細工屋さんが割った竹を私が節を削っていくという分担で、丸一日かけて割りました。(写真④)
 一緒に作業をしながら、竹は節をみれば何年目の竹かすぐわかるということ、竹の可能性を広げていろんな用途に使いたいが専門の研究者がいないということ、等々一日中竹のお話を伺いました。
5  竹細工屋さんの名は「籠辰商店(tel0724-22-0218)信達さん」とおっしゃいます。どうも有難うございました。信達さんは大工さんにも張り方の指導をしていただきました。試し張りをして目地の幅、寸法の調整の仕方を確認しました(写真⑤)

今のところ仕上作業の真っ最中です。次の課題は解体したとき取り置いた昔の家の部材がうまく使えるかです。非常に丁寧な仕事をする大工さんに来ていただいてるのでうまくいくと思います。

● 現場が始まれば同時進行で様子をお伝えしようと思っていたのですが、なかなか時間が取れずじまいでした。次回は竣工した姿をお伝えすることになると思います。・・・・・・・・

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2007年6月12日 (火)

五回目<母の家建替顛末記-その3->

■ H19年6月11日
  五回目<母の家建替顛末記-その3->            <筆責:山本>
● ● ● ● 敗北宣言 ● ● ● ● 
前回ご紹介しましたように、私の母の家の建て替え計画を進めるにあたって、現況の古民家の木材を使って家を建ててもらえる建主を募集しております。が、今の所問い合わせがなく、工事も先に延ばせない状況になってきましたので、やむなく通常の解体工事にかかろうと思っています。(涙)
現在工事契約もできて仮住まいの準備にかかろうとしています。(6月16日までなら間に合いますので希望の方は是非どうぞ!ホームページのTOPICS参照) 今回は母の家の仕上イメージについてお話します。

<竹と織物の話>Img0120076    
 母の家(私の実家です)は泉州、岸和田市の竹やぶとみかん山に囲まれた山間集落にあります。前回書きましたように今の実家の木材は近所の方たちに手伝ってもらって近くの山から切り出してきたそうです。
今はそんなことはできないのでせめて竹を切り出してきて新築する家に活かそうと考えました。
 また泉州地方は織物の盛んな地域でした。こんな田舎のほうにも織物工場があちこちにあって、私が子供の頃、朝はいつもImg0220076_1機織の音で目覚めていました。今では泉州全域で織物工場はほとんどなくなってしまいましたが、母の実家は技術革新によって今でも生き残っている数少ない織物工場のひとつです。(竹田織物といいます)工場の倉庫にはロール状に巻いたいろんな柄の織物のストックがいっぱいあって、これを内装に活かせたら面白いなと考えました。
    (竹田織物のホームページhttp://www.takeda-weaving.co.jp/)

<古びる建物 ―か弱い表現―>Img0320076
 「竹」は割ってすのこ状にし、居間の天井に使うことにしました。
「織物」はポイントになる壁に使っていろんな柄を建物のあちこちに散在させることにしました。どちらもいわば「はかない」材料です。そこに力強さはありません。時間がたてば古びていく材料です。「か弱い表現」がこの家のコンセプトです。「ハイスタイルな」「カッコいい」表現はしていません。余生をのんびり暮らす母の家のためにはこうしてできる柔らかい空間が住空間としてふさわしいのではと考えました。Img0420076
 ただ、この間今の実家の屋根裏へ登って驚いたのですが、屋根の垂木の上に「板材」は存在せず、すのこ状の竹を敷いてその上に土を載せて瓦を葺いていました。六十数年間竹が瓦の重量を支えてきたのです。「か弱そうに見えるが実はしなやか」な材料なのです。そんな人間に私はなりたい!!!?

<竹騒動 ―皆様ご協力有難うございました―>
 昨年の11月に以前から目をつけていた岸和田の竹材店に相談Img0520076_2 に行きました。実家の竹やぶの竹を切って建材にしてもらおうというもくろみです。さらに言えば竹を継続的に買ってもらえたら商売になるかなとも考えていました。
 ところがどっこい。今では九州のほうから安い竹が大量に入ってくるため自分のところで切り出したり加工したりはしていないとの事・・。
 それでは工務店に切ってもらいますのでどうしたら良いでしょうと聞いたところ、竹は三月から夏にかけては虫がつきやすく、秋までは成長し続け不安定なので、切るなら11月前後しかないとのこと。この時点で工務店はまだ未定でしたので頼れず、自分で切るしかない!ことがわかりました。
 さらに切ったら何らかの方法で熱して油を滲み出させることによって「油抜き」の作業をしないと虫がつきやすくなるとの事。帰ってインターネットで調べたり木に詳しい人を紹介してもらって相談したりしましたが、「油抜き」がうまくできるかはよくわからないままとにかく必要本数(100本程度)を切り出して節を抜き(そうしないと乾燥したとき割れるらしい)干すところまで昨年中に済ませました。
 干して乾燥させてる間に「油抜き」の試行をしました。まずたき火で直に熱する方法。竹一本に30分もかかってしまい、焦げてしまってうまくいかない。次に先ほど登場した竹田織物の工場内に蒸気を噴霧できる装置があると聞き、試してみましたが油が出てこない。Img0620076
 結局先ほどの木に詳しい人(ATC内エイジレス工房の松山さんです)が一番良いといっていた方法を選択しました。まずドラム缶3本半割を溶接して接合し、竹のはいる釜をつくります。これは他の現場でお世話になっていた工務店に製作依頼しました。この釜で湯を沸かし、油を煮出すのです。
 写真④⑤のような作業を経てやっと使える状態になりました。(写真⑥)
 切り出し・油抜きにはリブ都市開発の成田氏と清水正勝建築設計室の清水氏に協力を仰ぎました。
 あとは工事をする大工さんにまかせる予定なのですが実はまだ難問が・・
それは乾燥した竹を割る方法です。幅3CMくらいに割りたいのですが自分でなたを使って割るとどうもうまくいかない。だんだんそれてしまって幅が一定にならないのです。これも前から目をつけていたのですが、通勤途中に、割った竹を保管している倉庫があって、この間そこに人がいたので竹を割る方法を聞きました。ところがそこの竹も九州から仕入れた竹で、「これは機械で切るんや。この辺でその機械は見たことないで」との事。ああどうなることやら・・・

<織物の使い方>Img0720076
 織物についてはうまい方法が見つかりました。川島織物に「FAB-ACE」という製品があり、織物を接着剤ではなく、キャンパスのように張る工法です。素人でも張替えできるそうなので気分によって布地を変えれば面白いと思っています。これは(株)インテアール植田氏(tel075-950-8435)に聞きましたので興味があればお問い合わせください。クッションが入っているので触ると気持ちの良い壁ができると思います。(写真⑦)

● 文書が長くなってしまったので前回予告してましたスタッフの自己紹介は次回以降といたします。
● それにしても今回の建主募集においてはお客様をキャッチすることの難しさを痛感いたしました。
どこかに求めている方がおられるとは思うのですがそこにたどり着けません。何とか方法はないものか
● 現場が始まれば同時進行で様子をお伝えしようと思います。よろしくお願いします

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2007年5月 9日 (水)

母の家建替顛末記-その2- <筆責:山本>

●Rib設計では4月1日より<期待の新入社員>の田村君を迎えました!!
これで私山本一晃、週の半分くらい来てもらっている<スーパー美少女アルバイター>の横須賀さん
Rib都市開発の成田氏の4人が事務所内のメンバーとなり、新体   
制がスタートしました。
順次彼らにもこの場で自己紹介をしてもらおうと思っています。

●(泉州地方の方へ)解体予定民家の木材を使って家を新築したい方を急募しています!!!)

前回もご紹介しましたように、現在私の母の家の建て替え設計を進めています。
設計図もほぼ出来上がり、見積が始まっています。予算が合えば着工の運びとなり、今の家の解体が迫ってきました。設計を始めた当初から、解体したらどこかで再生できないかと考え、いろんなところに話を持ちかけていましたが、今のところ未定です。何とかしたいと考えています。
今回は緊急に!!このお話をさせていただきます。

<今の母の家について> 20070509_img01_1
母の家(私の生家です)は岸和田市上白原町という山間集落にあります。
周辺はみかん山と竹やぶが多く見られる、農業が主産業の地域です。
(とはいえ、うちをはじめとして後継者不足で農業の将来が危惧さ
れる状況ですがこのことはあらためて話題にしたいと思います)
泉州地方ではよく見かけるのですが、この集落においても伝統的20070509_img02_1
な民家の形式は「錣(しころ)葺き」という屋根の葺き方をしています。
入母屋屋根に似ているのですが、なだらかな傾斜の寄棟屋根の上に急な傾斜の切妻屋根を乗せたような形をしています。(写真①参照)  この工法には長くて大きな丸太の桁梁が用いられます。(写真②参照)
祖母から聞いたことがあるのですが近くの山から何人もの人に手伝ってもらって木を切り出してきたのだそうです。
そういえば私が子供の頃は上棟の日には村中の人たちが手伝いに出かけ、男性は建前の作業をし、女性は炊き出しをしていました。今となっては古き良き時代の話です。

<既存木材の活用方法>20070509_img03_1
 前回もお話したように、今の家を残しながら建て替えをするのは
困難でした。今の家の木材を生かそうと思えば、別の方法として、新しい家の化粧材として活用する方法もあります。もちろんそれもするのですが、それでは使い切れませんし、9寸角ものケヤキ材の大黒柱(写真③参照)や、丸太を切り出した一本十数メートルに及ぶ牛梁(写真④参照)の力強さを活かすには、構造材をそのままどこかで組み直して新しい家として再生するのが一番だろうと考えました。そうしたほうが耐震性能を持たせることもしやすくなります。(ホームページ内の「TOPICS」に詳しい説明をしています。) 
 そのため昨年より、古民家を専門に扱っている専門業者に相談したり、古民家をそのまま店舗として使っているうどん屋さんに問い合わせたり、誰彼となく話を持ちかけたりし20070509_img04_1てきましたが、今のところヒットしていません。

<残す価値>
いろんな人に相談する過程でわかってきたこともあります。実は大黒柱がケヤキ材だというのも専門の方から教わりました。
その専門業者の方に最初相談したときに「その家はできて何年になりますか?」と聞かれました。六十数年だと答えると「それなら古民家といえるかどうかぎりぎりのところです」とおっしゃいました。
大断面の木材はそのくらいの期間をかけて乾燥が終わり、その後物性的に安定する時期を迎えるのだそうです。これからが働き盛りということ。
私の感想は「ムムム・・それはもったいない・・・・・・」

<木造住宅の寿命>20070509_img05
以前「木造でできた山荘を点検してあと何年もつか答えを出して欲しい。」という仕事をしたことがあります。その際木造住宅の寿命について調べたのですが、ある実験によれば防腐処理された杉材で土に接しない状態であれば70年程度、直接風雨にさらさなければその倍程度もつと予想されるという記事がありました。100年育った木は100年もち、200年育った木は200年もつという人もいます。要はメンテナンス次第です。実際この家でもシロアリの害を受けている材もあります。 20070509_img06_1
また機能的に今の生活に適合しない部分もあります。それを今回考えているように、構造材を移設し、補修・補強をすればあと100年はもたせられるだろうと考えられます。(そのあたりについてもホームページ内の「TOPICS」に詳しい説明をしています。) 

<お客さんを探しています>
そこで自前でお客さんを見つける努力をすることにしました。まずインターネットで呼びかけています。(この話もその一環です)地元でちらしを配ることも検討しています。広告費に金がかかればどうしてもお客さんにある程度負担がかかってしまうので早く見つかることを期待しています。
本当は解体前にお客さんが決まっていて設計もできていれば、解体と同時に新しい敷地で組み立てができて一番合理的と思われるのですが、このプロジェクトの難しいのは、解体してみないとメドがつかない点が多いという点です。例えば、解体しなければどの程度いたんだ材があるのかわかりませんし、(ということはコストの把握ができないと言うことです)そもそも裸にしないと正確な測量がしづらく、ということは正確な図面が描けないということもあります。
その結果、一時どこかに仮置する必要がでてきます。そのための場所や、運搬費についても考えないといけません。
コストについては「再生する木材の材料費はタダ」とするのがわかりやすいと考えています。設計や施工については通常より手間がかかり、その分は高くつきますから、お客さんにとっては「通常と同じ建築費(設計料も含みますが)で骨太の木材がつかえる」というところにもって行きたいと考えています。

● 今回は真剣勝負のお話なので「遊びのない」文章になってしまいました。さてどういう結末になることやら。新築の家のほうの見積金額についても気になり、「夜も寝られません」と言いたいところですが、ここのところ小説を1ページくらい読めば目が閉じてしまい、気づけば朝という毎日です。

● メンバーと芸能関係の話をいたしまして最近やっと「長澤まさみ」さんをTVで区別できるようになったのですが「沢尻エリカ」さんと「上野樹里」さんを認識できません。この原稿を書いたらネットで画像を検索してみようーっと!

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2007年1月26日 (金)

母の家建替顛末記-その1-

● Rib設計では相変わらず<スタッフを募集中>です。
応募が来ないのはお正月前後という時期が悪いのか?
設計業界が人材不足なのか?はたまたWebサイドで私の顔写真を公開したのが悪かったのか?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●年末から母の家の設計を本格的に始めました。まあ「自邸のようなもの」です。
時間の制約のあまりない仕事なのでじっくりと取り組んでいます。
今回から何回かに分けてこの家の設計で考えたこと、体験したことを記事にしたいと思います。

<南海地震に備えて>   
 母の家(私の生家です)は大阪府南部のK市の山間部にあります。Yhouse01_1
(写真①参照)付近は今も緑が多く残り、「ここも大阪なの?」というような感じの場所です。子供の頃はこのあたりの野山を駆け回っていました。今でも時間がゆったりと流れ、私にとっては別天地のような所です。
 今は母が一人で気ままに住んでいるのですが、もう少し家をコン
パクトにして余った空地で畑を作りたいという希望があり、手を入
れることにしました。
この建物をそのまま保存しながら再生したいという気持ちもあったのですが母の希望とは相容れないので思い切って建替えることにしました。
 手を入れようとした理由としては「南海地震」に備えるというのも重要なポイントでした。この付近には断層があり、阪神大震災でも比較的揺れが大きかった地域です。予想される南海地震の規模を考えると、現状のままでは不安がぬぐえません。

<地震がきたらどうする?>
 東南海・南海地震は過去周期的に発生している地震ですので「そのうち起こる」と考えてよい地震です。今後30年以内に50~60%の確率で起こると言われています。根拠の希薄なことを言うのはあまり適切ではないのですが、史上最大規模の地震になる可能性があり、阪神大震災の数十倍の規模で、10分ぐらい揺れが続くという人もいます。(阪神大震災は1分半ぐらいの揺れでした)今の基準による建物で十分安全とは必ずしも言えません。私は南海地震が起こったらどうしたらよいか施主に聞かれた場合、以下のように答えたことがあります。

① 一分以上揺れが続くようなら南海地震だと思ってください。
② 建物の建っていない広場のような場所に逃げられる状況ならならそれがベストです。
③ 家の中でいる場合、玄関あたりや、水廻りといった、壁の多い部分に避難するのが構造上安全です。
できたら平屋部分が望ましい。
(その施主は以前小さな地震があった時、吹抜けのある居間部分に集まっていたそうですが、限界を超えたら危険な場所なのでそれはやめてくれと答えました。)
どこが強くてどこが弱いかは建物によって違いますので設計者にどこに避難したらよいか聞いてみてください。答えがもらえるはずです。

<役所の指導に対する疑問>
 以上のように予想される状況から考えると、一人でも多くの人命を救うために今行政が取り組まないといけないのは、老朽化した家屋を地震が起こるまでにひとつでも多く建替えるなり、補強をするなりすることです。先ほど「今の基準による建物で十分安全とは必ずしも言えません」と書きましたが、それでもおそらく今の基準をまもれば家がぺしゃんこになって人が死ぬということはあまりないと思います。
 ところで母の家について次のような指導にぶつかりました。私の家はみかん農家でしたので敷地内にみかんを保管する倉庫が残っています。(写真②参照 後ろの2F建の建物 昭和45年頃竣工で鉄骨造です)建替えようと考えている母屋は建築基準法ができる以前の昭和15年頃の建物です。耐震性のことを考えると倉庫のほうが安全性の高いのは明らかです。そういう意味でも倉庫に手を加える予定はまったくありませんでした。

 ただ写真を見ていただけたらわかりますが、倉庫の前の道は狭くてYhouse02_1
「4M未満の道路に面して建物を建てる場合、道を4Mまで広げた位置まで建物を下げて建てること」という建築基準法の条文に違反しています。(かかっているのは10センチぐらいなのですが) 
 母屋は奥にあって倉庫とは離れた建物なのですが、母屋を建替える際に倉庫を是正しなければ申請は認められないとの指導を受けました。
要するに倉庫を引っ込めなさいという事ですがそう簡単なことではありません。
 写真②で手前にある木造の平屋も倉庫でこれは取り壊す予定なのですが、おかしいのは、この平屋の倉庫を残したとしても、役所は何も
言わないのです。!!!変ですよね?なぜかわかりますか?

[役所の考え方]
■建築基準法(昭和25年制定)ができる以前の建物が法に適合しているかは問わない
→これを「既存不適格」の建物と言います
■法制定後に建てられた建物で法に適合していないものは同一敷地の建物の申請をする場合に是正する事

    →同一敷地内の「違反建築物」は是正しなさいと言う事です

 上記の文章をひとつずつ読めばおかしいとは思いませんが現場ではこのような変なことが生じるのです。

それに対して私は以下のように申し入れをしました
「倉庫は違法であることは認識したが、今回はより危険性の高い母屋の建替を優先したい。後日倉庫に手を入れる場合は必ず違法部分を是正するのでまず母屋部分の建替だけを認めてほしい」
しかし認められません。
 この地域にはこのように4Mに満たない道路が多くあり、しかも道路に面して倉庫があって、奥に母屋があるというのはよくあるパターンです。母屋を建替えようとすれば皆同じことになります。回避しようとすればどうなるかというと、①建替をあきらめる→お年寄りが「もう年だし死ぬまでがまんするか」というパターン(結果として若い人が便利な町へ流出することを促すでしょう)②違法に建替をおこなう→善人に違法行為を促す結果となります。 ①を選んだ人は南海地震が起こった場合、生命の危険にさらされることになります。(勇気を持って?)法律を無視したほうの人が助かるのです。これは不条理です。将来近所で私と同じ状況に直面する人たちのためにも納得はできませんでした。
 私は役所の人に「そちらの言うことが法律的に正しいのはわかるが、その結果どういうことになるか考えてほしい。そういった指導によって老朽化した建物の建替が進まずに、地震で犠牲になる人が必ず存在するだろう。そういう人たちにそちらは責任を感じないか?」という旨を申し上げました。無駄でしたが・・・・

<法律は何のためにあるんや!>
  一回目にも書きましたが「市民が常識通りに生きていてひっかかるような法はルール自体が間違っている」と思います。法は市民の生活に合わせて存在すべきものなのに法をつかさどる人たちの中には法に書いてあること以外は違法だと考える人がいます。従って自分の卵子から生まれた子が代理母を介して世の中に出て来てもそれを親子と法が認めないといった「非常識な」解釈が生まれます。

<で、地震の話に戻りますが>
  役所が法に書いてある事しか認めないならば、今すぐ「東南海・南海地震特別措置法」を作り、老朽した建物の建替を促進する必要があると思います。乱暴なことを言えば、地震で多くの建物が損壊するでしょうから、そのあとに基準法に適合させるほうがずっと簡単です。

● 申請関係の話になると愚痴っぽくなるのは職業病のようなものです。ためしにお知り合いで建築設計の仕事をしている方に「建築の申請って難儀なんですってね!」と聞いてみてください。30分は愚痴を聞かされると思います。

●それでもなんらかの方法で建築を成り立たせなくてはならないのが私たちの仕事です。
現在方策を検討中です。

●お口直しに最近心に残った文章を紹介します。なおこのシリーズでは「竹と織物の話」「古民家再生の話」等の話題を用意しています。よろしくお願いします。・・・・・・・・・・・・・・・・・

  ・・・・・「女になるのも大変よね。」ある夕方、唐突にえり子さんが言った。
  (中略、ちなみにえり子さんは、いわゆる「おかま」です)
  「つらいこともたくさんあったわ。本当にひとり立ちしたい人は、なにかを育てるといいのよね。子供とかさ、鉢植えとかね。そうすると、自分の限界がわかるのよ。そこからがはじまりなのよ。」
  (中略)
  いやなことはくさるほどあり、道は目をそむけたいくらい険しい・・・・と思う日のなんと多いことでしょう。(中略)それでも黄昏の西日に包まれて、この人は細い手で草木に水をやっている。・・・・・・

-吉本ばなな 「キッチン」より-

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2006年9月30日 (土)

嗚呼設計業・・・

Rib設計では<現在スタッフを募集中>です。実は少し前にも募集を行い、ためしに働いてもらっている人がいまして、頑張ってもらっているのですが、我社の基本方針と本人の考え方に相容れない部分があり、新たに募集を行うことにしました。設計事務所は星の数ほど存在しますが、その設計に対する考え方は千差万別です。今回は我社の設計に対する考え方を題材にしますので、気が合いそうと思う方(失業中の方?)は是非応募してきてください!

<昼休みのサッカーから>
高校時分は昼休みが来ると決まったメンバーが校庭に飛び出してきて、いつもサッカーをしていました。(弁当は二時間目のあとのロング休憩の際にたいらげておきます。)クラブや体育の授業ではないのでポジションを決めません。するとですね、ゲームを始めると攻めてばかりで守備に戻ってこない奴が必ずいます。(皆さんも心当たりがあるのでは?)そういう奴にはB型の人間が多いような気がしますが、悲しいことに私めはO型人間なので、攻めたくても自陣に誰も居ないと気になって守備にまわってしまいます。

<O型事務所です>
サッカーに限って言えばB型タイプの人間も貴重です。若い方は知らないかも知れませんが、1970年代にオランダにヨハンクライフというスーパースターがいました。彼はゲーム中どこにいるのかわからない時間帯があるかと思えば突如ゴール前に現れて決定的な仕事をする選手でした。ただ現在のサッカーでは全員が守備に貢献しないと相手に攻め込まれるリスクは高まります。
 建築も同じことで、斬新で個性的な設計をしたいという願望と、予算や使い勝手や法的条件をまずクリアしないといけないというプレッシャーがいつも私たちの心の中でせめぎあっています。そのあたりのバランス感覚が人によって千差万別ですので設計事務所に仕事を頼もうと思っている方は注意してください。我々は建築においてはお客さんのために失敗は許されないと考えますのでリスクは冒せません。そこでまずこの建築はどれだけの条件を満足しないといけないか、その中でデザイン的にどれだけのことができるかをまず整理することからはじめます。その意味で事務所としては全体のバランスを考えることを優先する<O型事務所>でなくてはいけないと思っています。(B型の方気分を悪くしておられたらすみません!)

<毎日の設計業務>
話は少しそれますが、今の設計の業務は(他の業界も同じだとは思いますが)必要な条件を満たすための仕事は山のようにあります。いわく「シックハウス対策」「性能表示」「省エネの検討」等等々・・・
必要なことではあるのですが、有名無実な作業も多くあり、いちばん必要な「設計」をする時間を見つけるために四苦八苦します。
 おまけに姉歯事件の影響で建築士の免許を更新にしようとなどと企んでいる人たちがいます。はあー

<良い先生とは?良い建築家とは?>
教師の免許はすでに更新制になることが決まっているようです。考えてみてください。ここに非常に熱心でいつも生徒のことを考え、アイデアを実践している先生がいるとします。でももうすぐ免許の更新の試験のために準備をしないといけません。試験問題は指導要領のことや学校制度のことなのでしょうか?「そんな時間をさくくらいならうちの子供の事を考える時間を与えてほしい」と親御さんたちは考えるのでは?
 よくスタッフに言うのですが建築は100点とって初めて合格点です。80点では20点分がクレームで不合格です。100点を目指しても思っても見ない落ち度はあるものなので、目標は120点に置かないといけません。
そのためには同じ時間にどれだけの密度でものを考えることができるかが勝負です。

<サービス業でもあります。>
「顧客満足度」を高めようと思うと、同じ物を買うのでも接客態度のすぐれた店員さんだと気持ちが良いのと同じで、お客さんと打ち合わせをしながら進める設計作業のプロセスも大切です。正確な図面を書くだけでも結構大変ですがそれ以上のことが要求されます。

<所員はもっと大変です>
100%自分がこれらのことを実践できているかと言われると自信はないのですが、目標ではあります。で、スタッフにも同じ価値観を持ってほしいと思うのですが、スタッフとしては、お客さんに対しても上司に対しても同じことを要求されるので2倍しんどいということになります。でも仕事を任せている範囲においては所員が一番わかってないといけないのでそうしてもらわないと困るのです。などというからなかなか難しいのかも知れません。給料待遇も良いとはいえんしなあー
 なんとか新しいスタッフが決まればこの場で紹介しますのでよろしくお願いします。

・・・・というような今日この頃ですが「時間がない時間がないと愚痴をいってるくらいならこんな文章を書いてる暇に仕事をしておれ!」というおしかりの言葉もなく、最後まで拙文に付き合ってくださった方にはお礼を申し上げます。

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2006年9月10日 (日)

H18 Rib建築設計事務所のWEBサイトOPEN!

一回目<筆責:山本>
● 私は血液型がO型で八方美人なので設計依頼者の性格に合わせるのは得意ですが、やはり気が合う方のほうが仕事はやり易い。そこでまず手始めに私の自己紹介代わりに好きなもの嫌いなものについて書きます。気が合いそうだと思った方は仕事をご依頼ください。

<渋滞>
とにかくせっかちですので道路渋滞は大嫌い。のろのろ運転しているくらいなら時間がかかってもすいすい走れるまわり道を選びます。いつもねずみのように(鼠年生まれです)事務所の中をちょろちょろ動き回りながらせかせかと仕事をしています。

<人情>
心温まるお話が好きです。浅田次郎著「椿山課長の七日間」をぜひお読みください。

<(必要のない)こだわり>
「こだわり」がないというのは設計士としては疑問符がつくかもしれませんが、世の中には格好をつけるだけのための「こだわり」が多く存在します。そういうこだわりは極力排除しようと努めています。反面少し障害があるとあまりこだわらずにすぐに別の解決法を見つけようとしてしまう傾向もありますが。(・・反省)とにかく表書きに頼ろうとするものはあまり好きではありません。同様のものに<ブランド><肩書きビジネス><世界遺産>等があります。

<おもちゃ箱>
私は「威厳」とか「渋さ」には縁遠い人間であります。どちらかといえばそれより<楽しさ><多様性>といった言葉が好きです。設計する建築もどちらかといえばそういう傾向があります。おもちゃ箱をひっくりかえす時のようなうきうきした気持ちになる空間ができればと思います。

<わけのわからないもの>
「建築学科」を選んだのは「建築」がとてもわかりやすいからだと思います。わけがわからないのであまり近寄りたくないもの・・・<エレクトロニクス(特にパソコン)><政治家><女性の心>

<仁義>
最近「コンプライアンス」とよく言われますが法令を遵守せよというなら「ちゃんと守れる法律にせんかい!」と強く言いたいと思います。市民が常識通りに生きていてひっかかるような法律はルール自体が間違っていますよね。たとえば(実際あった話ですが)「交通量の少ない田舎の道路(時速40KM制限)のカーブを曲がったところで行っているネズミ捕り」 警察は市民のために働いているのか法律のために働いているのかどっちやねん!と言いたくなります。(実はあまり腹が立ったので警察に行ってそう言いました)
建築の仕事で役所に申請する際にも同じようなことはいっぱいあります。
 そこで私はつじつまの合わない「ルール」よりも<仁義>を重んじたいとと思っています。「人に迷惑をかけることをしない」「恩を受けた人にはお返しをしたい」といった道理で行動するほうがよほど人間的に生きていけると思っています。(でも気づかないところで独断に陥っていたり人に迷惑をかけていたりするのですが・・)
 腹が立つといえば「少数の悪人のために善良な多くの人たちが邪魔くさい思いをするルール」に腹が立ちます。たとえば<個人情報保護法><建築士法の改正案>等々・・他にもいろいろ腹のたつことが思い当たって止まらなくなりそうですのでこのくらいにしておきます。

Rib設計はいろんな意味で転機を迎えようとしています。方向性が定まればまたお知らせしますので今後ともよろしくお願いします。

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