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2013年7月10日 (水)

19回目<山本農園便り>その④

■H25年7月2日

19回目<山本農園便り>その④
     -やってみないとわからない!ー


 
なんとなく「農」というものがわかったような気が・・?最初に水菜とチンゲンサイを虫に食い尽くされてから、今年で4年。ただ頭で理解すればうまく行くものではないのよね。とにかく「加減」が難しい。まだ私もよちよち歩きレベルです。とても70歳のおばさんの経験には勝てません。この間どんな失敗をしながら何をしてきたか?今回はいわば実践講座であります。

<肥料の話>

 野菜作りを始めた頃に必ずやる失敗は「肥料のやりすぎ」です。水分は塩分濃度の低いところから高いところに移動するので、肥料をやりすぎると土中の塩分濃度が高くなりすぎ、根から水分が逆流して枯れてしまいます。特に夏場は水分の蒸発が早いので、濃度が高くなりがち。注意が必要です。
 最初竹肥料に過度の期待を抱いて始めたのですが、「万能の肥料は無い」というのが4年間で得た教訓です。「**酵素」とか大げさなコマーシャルもみかけますが、疑ってください。そもそも栄養のある野菜はぶくぶく太ってません。
 
竹肥料については、①炭素分の補給により食味を甘くする②大地に網羅された根により土中の養分を吸収しているのでミネラル補給になる③植物由来なので安心という理由で使い続けています。
 
<植物工場実験温室>
  知り合いの家で温室型の植物工場を作ろうという話があって、そのための実験温室を作りました。(この話は結局挫折した。)*写真参照090708_0012   使われていない小屋の屋根をポリカーボネート板とし、テーブルの上のプラントボックスで栽培しました。夜間や冬の日照不足を補うため、人工光源を設置した。(写真下)栽培を始めた直後にハモグリバエの襲撃を受けた。体長2mmぐらいのハエですが、防虫網をかいくぐって(大部分はそこで死んでたが)侵入してきた。そこで防虫網を二重にし、とにかく隙間をふさぎまくったところ、来なくなりました。それ以降、ここでは虫の事はあまり気にしなくてよかったので、ストレスが無く栽培できました。(とにかく虫には懲りてたので・・)

101104_0004 とにかくいろんな野菜を作ってみました。葉物からニンジン、カブやマメ、イチゴ等々。人工光は日長16時間の設定としました。最初は発芽させるところからうまく行かなかったのですが、(これは上記の肥料のやりすぎが原因。)ホウレンソウがトウ立ち(葉物の花が咲いてしまうこと)してしまって、どうしてもできない。で、調べた結果、ホウレンソウは春の到来を日長の変化で知るそうです。人工光によって昼間を長くしてたので春だと思ったわけですね。
 もっと初歩的な失敗ですが当初、肥料としては畑で使うのと同じ固形の化成肥料を使ってました。わかりますか?露地の畑でおばさんが「このごろ雨降らへんから肥料が効いてくれへんわー」とつぶやいてたのを聞いて、「あ!そーか、温室で固形の肥料使っても意味ないのかー」と気付いた次第。前も書きましたが肥料は水溶液の形でしか植物は取り込めません。あわてて液肥に切り替えました。トホホー
 この中で「マイクロトマト」栽培がスタートしました。従兄弟が面白そうだというのでインターネットでとりよせたところ、アンデス産の種が空輸されて来ました。これは温室ですくすく育って天井まで届いてブッシュ状になってしまった。(ぜいたくなのですが)冬場にエアコンを入れておくと冬も越せました。この子孫の4代目を今ビニールハウスで栽培しています。

<おばさんの畑-露地栽培->
温室栽培をしながら、基本的に同じものを露地でも栽培して比較するということを平行してやってました。100329 農薬は基本的に使いたくは無かったので、ずっと網をかけておく「トンネル栽培」としました。写真は「竹肥料」の効能を実証しようとしてレタスで根張りを比較した写真。何となく「発酵竹パウダー」がよさそうですが、そもそも横で出来ているおばさんの野菜の方がはるかに立派なもんで話にならない。これはもっと修行を積んでから改めてやろうと思います。
 露地で野菜を作ると言うことは自然と対話することです。私がニンジンの種を蒔こうとすると、おばさんが「あと一週間待ってもうちょっと涼しくなってから蒔かなあかん!」と言います。実にその一週間が出来上がりに影響するのです。お百姓さんは皆、経験によって、自分なりにその地方の尺度を会得していきます。それが本来の農業なわけです。、なぜそうなのかを知りたいと思ってわざと時期をずらして作ってみたりもしましたが、まずうまく行かない。
 とにかくうまく行かない時は、同じ条件のものは全部ダメです。二割くらいよくできるということは決してない。ということは何か原因があるはず。水のやり方だったのか、気温の関係か?肥料のやり方か?それを検証しようとしても、次に作るときには気候が変わっている・・このへんが難しい!

<温暖化防止はナンセンスです!>
 まずは日照が大事なのですが、その次は気温です。野菜を作る人には当たり前の事実なのに、世の中では理解されてないことがある。
 野菜は10℃を下回ると、成長速度がどんどん下がります。なのでスーパーの野菜価格が上がります。5℃以下になるとほとんど成長はストップします。野菜にとってもっとも恐るべきは「寒冷化」です。「温暖化」ではありません。「冷害」はあっても「温害」はない。
 一方、カロリーベースで食料が自給できてる県は北海道・青森・岩手・秋田・山形・新潟だけですが、これらはすべて寒冷地です。温暖化すれば日本の食糧自給率は確実に上がります。地球で生存できる生物の総量は光合成量で決まるのだからこれはあたりまえ。地球上で最も生物が栄えたのはジュラ紀から白亜紀ですがこの時代は平均気温が今より10~15℃高かった。
 繰り返しますが本当に怖いのは寒冷化です

<ビニールハウスにて>
 今一番真剣にやってるのは、実験温室から始まった「マイクロトマト」栽培です。水ナス農家である従兄弟の家のビニールハウスですが、周辺の宅地化が進み、水はけが悪化して水ナスも作れなくなって、ほったらかされていたのを借りて栽培しています。雨が降ると水浸しになるのですが、その際も水面より高い位置で栽培できるように、コンテナ(樹脂製のカゴと思ってください)に用土を入れて栽培しています。*写真参照

Photo

ここでは栄養のある野菜を作るためにこれまで述べた話をすべて取り入れてます。即ち
①水は週末に1回やるだけ。その際液肥を最小限与えます。回りの雑草とも競争してもらって、育つ力を鍛えます。
②コンテナの中は企業秘密なのですが(というほどでもないが)竹肥料+生ゴミ堆肥を入れてあり、必要な元素をまかないます。
③種は上でも述べたように、自家採種して世代を受け継いでいます。

Photo_2
マイクロトマトは写真のように直径1cmくらいの小さなトマトですが、野菜くさい部分がないので、トマトの嫌いな人にもフルーツ感覚で食べれます。彩りもよいので、ケーキ屋さんやレストランに売り込んでトッピングにつかってもらおうかとも考えています。

<農業の将来は?>
 
で、話は①で述べた「農業による地域興し」に戻ります。「僕が地域農業を救う!」というのは、論外だとわかりましたが、とある志を同じくする人と密かに計画を温めています。
 農水省のデータによると、野菜で生計を立てようとした場合、一人当たり年間250~300万くらいの所得がやっとです。従兄弟の水ナス農家も奥さんとおばあさんが現役で働かないと労働をまかなえない。なおかつ今まで述べてきたように天候や害虫のリスクを常に負っていて不安定。農業を次世代に引き継ごうと思えば、所得を二倍くらいにしないとしんどい。
①生産の集約化
②ブランド化による付加価値の向上
③六次産業化による収益アップ

といった手法を合わせ技で使わないといけない。
そういう話になるとすぐ「企業を呼ぼう」という発想になってしまう。これはだめです。安倍首相は「企業の算入により農業生産高を二倍にする」と言っています。(難しいとは思うが)もし算入した企業の採算がとれて生産高が二倍になったとしても、所得が二倍にならなければ意味が無い。そのためには収益を企業に吸収されていてはだめで、地元が潤わなくては意味が無い。
 ということは地域の人達で企業を作るのが一番よいわけですね。実際千葉の「和郷園」という農業法人は地元の農家5戸で始めた企業が売り上げ50億円の企業に成長しています。
 でもうかうかしてたらおいしいとこばかりを企業にさらわれますよね。きっと!

 この間も岸和田市の農林水産課へ行ってそういう話をしてきたのですが、世の中理想というか理屈通りに行きません。てか「それは理想だ」というのは「不可能だ」という意味だと勘違いしている人が大勢います。
 ということで当分その方面では、じたばたいたしますが、よいお知らせがあればまた・・ということでとりあえず「農」についてはこれでひとまとめです。

 ●そこにはすべてがあります●
 
上のマイクロトマトもけし粒みたいな種から写真の様になっていく様子は「自然の恵み」としかいいようのない驚きです。光と水があれば種子のスイッチがはいって成長を始めます。バルコニーのプランターで十分です。スイッチを入れないと何も始まりません。是非一度やってみてください。

 わたしの実家は岸和田市の山間部にあります。今は町内に店が一軒もない、何も無い所です。ここで私の父親は死ぬまで(というか先祖代々みんな)この地で農業を営んできました。特に趣味も無く、町へ遊びに行ったりすることもなく、「何を楽しみで暮らしてるんやろ」と私は若い頃思ってました。
 この4年で、その考えは180度変化した。自然と畑があれば、そこには全てがあります。虫も鳥も(時にはイノシシも)やってきます。戦いがあれば助けもある。無限の組合せ、可能性がある。いつ雨が降るかチェックするし、気温も気になる。雑草引くだけでもきりがない。
 ここにいると生きていくためのサイクルがある。
 ー死にたいと思う暇はないー

 
 

 

                                      

                       

    

           

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