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2013年6月19日 (水)

17回目<山本農園便り>その②

■H25年6月19日

17回目<山本農園便り>その②

<まずは農薬の話から>
 前回のお話で水菜とチンゲンサイにやってきたのは「キスジノミハムシ」(小さPhoto な穴が空いてるのはこいつのせい*写真上)と「カブラハバチ」の幼虫(*写真下)でした。調べると、どちらも「アブラナ科」の野菜(水菜もチンゲンサイもそうです。)につく虫とのこと。虫がどこから情報を得るのかわかりませんが、とにかく作物の種類毎に付く虫が決まっていて、かならずやってくる。虫の見る掲示板があるのなら、「うちに来たら必ず殺す!」と書き込みたいのですが、そういうわけにはいかず、ウイルスと同じ様なもので「偏在」すると考えないと仕方が無い。こPhoto_3 の後も、温室栽培すると特有の「ハモグリバエ」の大群がやって来たし、ビニール ハウスで栽培すれば雨除けのあるところにやってくる、「コナジラミ」に今も悩まされている。
 で、プロの農家の人達は虫食いの作物はJAルートでは売れないので、農薬を使います。間違えば一夜にして努力が台無しになることがあるので農家にとっては死活問題です。ただ無制限に農薬を使用する事は出来ない仕組みにはなっています。大阪には
「エコ農産物制度」というのがあって、これを遵守する事が求められています。

<農薬の危険性って?>
 では農薬の
危険性ってどれくらい?だいたい毒物の規制は以下のような考え方に基づきます。まず研究データによりこれ以上摂取すると危険という値(閾値「シキイチ」)を設定し、それを100倍の安全率を見て規制値が決められます。×10は「毒物を複合して摂取する可能性に対する安全率」あとの×10は「作用の個人差に対する安全率」です。2008年に基準値を超える残留農薬による事故米騒ぎが有った時、太田農水大臣が「これくらいなら食べても大丈夫」と言ってえらくバッシングを受けました。(こういうことはなかなか納得してもらうのは難しいのですが)必ずしも誤りではなく、もう少しちゃんと理屈を説明すればよかったのにと思います。
 農薬の開発について言えば、かつての「毒で殺す」という考え方から替わって「虫の住みにくい環境をつくる」という考え方に基づき、ずいぶん苦労して研究開発されて来たようです。結果的にJAに言わせると農薬は「医薬品よりは安全」といえるところまで来たとのこと。ところが先ほどの「エコ農産物制度」のように、「農薬はなるべく使うな!」と行政が方向転換したため、現場は戸惑ったようです。
 ではお前はどうしてるのか?というと、売る必要はないので「葉ものは完全無農薬」、食べる部分にかけなくてよいニンジンなどは「なるべく使わない」ようにしています。まあ農薬を使うほうもあまり気持ちよくは無いのは確かで、農家の人も自家消費するものは農薬を使わないという人はたくさんいます。
 では消費者として「農薬については気にしなくてもいいのか?」というと、別の観点からはそうとは言えない事実が存在するのです。

<効率を高めるための生産システム>
 
農家は先に述べたような害虫に対するリスクや、天候不順に対するリスクを背負いながら、規格にあう作物を確実に、なるべく収量を増やして生産し続けないと食っていけません。(今の私程度の腕ではとても考えられません。)そのために生み出されたシステムが
 
 
[F1種+化学肥料+農薬]をセットとする生産システムなのです。

 まずF1種(自動車レースではなく種子の話です)の話。もし手元に野菜の種のパッケージを持ってる人は、裏側を見てください。必ず「F1」あるいは「一代雑種」の表示があります。これは異なる性質の種を人工的に掛け合わせた雑種で、一代限りで優れた性能を発揮するという性質を有する種という意味です。(例えば発芽率、均質性、収量等の性能です。)出来た作物から種をとって育てた二代目は性能を発揮できません。F1種は化学肥料と農薬を併用する事によって性能を最大限に発揮できるように品種改良されています(遺伝子操作ではありません。あくまで「交配」です。)
*F1種について詳しく知りたい方は、動画: DailyMotion 20120813 神保哲生 「F1種の問題」 -日本の農業の未来- をご覧下さい
 ちょっと考えると首をかしげたくもなるのですが、作物にとって農家は「生みの親」ではなくて、「育ての親」です。水ナス農家にしたところで種から作るのではなく、苗を買ってきて育てます。なぜかというと苗を育てる事に手間と畑のスペースを使うよりも、その間、別の作物を作ったほうが収入が増えるからです。種や苗といった、決定的な質については種苗メーカーにゆだねているというのが、今の農業生産システムです。中には代々の種を守り続けて門外不出にしている農家もあります。京野菜などの「伝統野菜」と呼ばれるものも、これとは根本的に異なる生産方法です。私も今作っているマイクロトマトはそもそも種や苗が一般に市販されていないので、種を自分で取って世代を重ねています。(初代の種はアンデスから空輸されてきました。)今は第4世代なのですが、年々質が変化しています。多分地元の気候に適応して行ってるのでしょう。野菜は環境が変わると形態さえも変わります。(ちなみにアンデスにはトマトの大木があると聞きます。)
 F1種自体にも問題があって、それについては上記の動画を見ていただきたいのですが、このシステムの何が問題かというと、
 
「効率を追求する事によって失った大切なもの」があるのです。私はこの事実を知って思わず「えええええーーつ!!」と叫びました。
 
 人に聞くと「それ聞いたことある」と言う人も多いので、私の認識不足だったのでしょうが、そういう現実があまり重要視されないのはなぜだろう?村上春樹がバルセロナで語っていたように、「効率性」に対しては「まあ仕方ないか」と思うしかないのでしょうか?
 すみませんがこれについては長い話になりますので次回とさせていただきます。

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